第7話 平穏な日常のはずだけど……。 ⑤

「なにが、残念だよ!」


 俺は独り言を言いながら、キッチンで洗い物をしていた。

 でも、よく考えると女の人とテーブルを囲むのっていつ以来だろう。母さんが亡くなってからはずっと親父と二人きりだったし、最近に至っては独りでご飯を食べることの方が多かったからなあ。

 もちろんカレーは美味しかったけど、凛先輩が居てくれたからなお美味しく思ったのかもしれないな。


 洗い物を終えて、凛先輩がお風呂から上がる様子が無かったので、昨日いいところで中断させられたアニメのDVDの続きを見始めた。

 ちなみにこのアニメの内容は、主人公の男の子を取り合っているライバルの女の子二人がある日突然、魔法少女になり敵と戦いながら友情を育んでいくっていった、主人公置き去りの感動(?)のストーリーである。


「徹くん、お風呂上がったから次どうぞ」

「わかった」


 テレビでアニメを見ている俺の後ろから声がしたので、振り返るとバスタオル一枚を体に巻いた凛先輩が立っていた。


「な、な、な、な……なんて格好をしてるんだよ!」

「え? 何かおかしいかしら?」


 うわー! この人マジで不思議そうにしてるよ。


「ああ、わかった。このバスタオルを取ればいいのね」


 と言ってバスタオルを体から外そうとした。


「わ、わ、わ、わーあっ! バスタオルを取るなーーーーぁ!」


 俺はあわてて大声で制止した。


「でも、私、家ではお風呂上がりはいつもこんな感じよ」

「それは凛先輩の家がお母さんと二人だけだったからだろ。今は俺が居るんだから少しは気をつけろよ」

「わかったわよ。それより、何? このテレビに映ってるものは?」


 凛先輩は、俺が見ていたアニメのDVDの映像を指差した。


「アニメだけど何か?」

「えーっ! 徹くんアニメオタクだったの?」


 凛先輩は若干引き気味に聞いてきた。


「オタクかどうかって言われるとそこまで詳しく無いから、オタクとは言えないんだろうけどアニメは好きだよ」

「でも、○○ちゃんかわいい! ぺろぺろ、とか言って舐めるんでしょう?」

「いえ、舐めません! 一体どこでそんな情報知ったんだよ。それはぺろぺろしたい程かわいいっていう意味で本当には舐めない!」

「そうなの」


 凛先輩はまだ疑わしそうな目でこっちを見ている。


「とりあえず、俺は風呂に入って来るんで良かったらそのアニメ見ててよ。実際に見ると面白いかもしれないじゃないか」

「そうかしら」


 俺は渋々アニメを見ている凛先輩を置いて風呂に入った。

 風呂の湯舟に浸かって改めて、昨日からの生活の変化に戸惑っている自分に気づかされる。

 なんか、凛先輩のペースに巻き込まれているような気がするな。これじゃあいけないんだろうけど、正直、どう凛先輩に接していけばいいのかわからない。


「ふぅ、まあ何とかなる…………かな?」


 自分に言い聞かせるように言ってみる。

 あー、でもあれだけアニメを嫌っているのだったら、部屋にあるアニメのDVDと漫画本は押し入れに片づけないとダメかもな。

 風呂から上がってリビングに入ると、まだバスタオル一枚でソファに座っている凛先輩の姿があった。


「だから、なんでまだそんな格好なんだ…………って、どうしたんだよ!」


 凛先輩の目から、大粒の涙がぽろぽろとこぼれ落ちていた。


「女の子同士の友情っていいわよね」


エンディングの曲が流れるアニメの画面に顔を向けたままぽつりと言った。


「はい?」


 もしかして凛先輩、アニメを見て感動して泣いてるのか? でも、このアニメそんなに感動出来るところってあったけ?


「ねぇ徹くん、あなたもユズとモモが敵に捕まって絶体絶命の時に言ったモモの『あなただけはこの命をかけても絶対に守る』ってセリフに感動したでしょう?」

「う、うん」

「それから、最後の傷ついたモモを抱きながらユズがモモに言った『帰りましょう。私たちが大好きなあの人が待っている所へ』ってセリフも感動的だったわよね」


 凛先輩! 俺、まだそのアニメ最後まで見て無いんですよー! 思いっきりネタバレしてるじゃないですか!

 俺は心の中で涙を流した。


「はい、はい。分かりました。明日も学校があることですから、凛先輩は自分の部屋で休んで下さい。俺もDVD片づけてからすぐに寝ますから」

「わかったわ」


 そう言ってリビングを出かけて、何かを思い出したように振り返った。


「徹くんは部活とかして無いわよね」

「そうだけど」

「じゃあ放課後は暇よね」

「そういう事になるかな」


 その俺の答えを聞いた凛先輩は、意味深な微笑みを見せてリビングを出て行った。

 今の微笑み、すっごくイヤな予感しかしないけど…………。

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