第5話 平穏な日常のはずだけど……。 ③

「楽しいお話中申し訳ないんだけど!」


 今日子が話しに割り込んできた。ちなみに今日子も同じクラスなんだけど、なぜだか小学校の頃からほとんど同じクラスだったので、居て当たり前みたいな感じである。


「徹! あんた、何かやらかしたの? 生徒会副会長の白石先輩が睨んでたそうじゃないの?」

「ちょっ……それ誰から聞いたの? ……ってか、何もやってないし、睨まれてもないよ」

「あやしいなあ~、ねえ、真美ちゃん」


 今日子は自分の後ろに隠れて、顔だけひょっこり出している女の子に同意を求めた。その女の子は申し訳なさそうな顔をしながらこくりと頷いている。


 彼女は長瀬真美、高校一年生、今日子の親友で彼女もまた俺達と同じクラスである。今日子もそんなに大きいわけでは無いのだけど、長瀬さんは今日子の後ろにすっぽり隠れてしまうほど小柄で、色白の肌の顔に大きくてぱっちりした瞳、頬が少しぷにっとした感じでよく中等部の生徒と間違われるほどの童顔である。


「えーと、真美ちゃんなの? 見てたの?」


 俺の言葉を聞いて、真美ちゃんは慌てて今日子の後ろに隠れた。


「徹! 真美ちゃんを怒ったりしたらダメよ!」

「いや、怒ってないから、真美ちゃーん、怒ってないよー」


 今日子の後ろに隠れている真美ちゃんに声を掛けると、再び顔だけおそるおそる出してきた。なんか、いつも思うんだけど、真美ちゃんって小動物みたいでかわいい感じだな。


「今日子も、真美ちゃんも、勘違いしているよ。白石先輩は俺を誰かと見間違えたんだよ。だよな昌」


 俺は目の前にいる昌に同意を求める。


「うん。今のところ徹が白石先輩と接点があるっていう情報が入ってないから、見間違えの線が濃厚かな」

「わかった。木崎くんが言うんだったら信じるわ」

「えぇーっ、昌が言うと信じるの?」

「そうね。木崎くんの情報はかなり確かだからね」


 昌のおかげで何とか今日子が納得したところで授業開始のベルが鳴り、今日子と真美ちゃんは自分の席に戻って行った。

 やれやれ、今回は切り抜けれたけど、そう隠し通すことも不可能だろうな。どうしたものか。…………ってか今日、家に帰ったらやっぱりあの人がいるんだろうな。

 気が重くなってきた。





「どうして私を無視して、足早に去ったのか教えてもらえる?」


 俺、帰っていきなりの正座です。

 どういう状況かを説明すると、俺が家に帰ってリビングの扉を開くとそこに超美形で黒い長髪の艶やかなあの女が胸の前で腕組みして(えーと、今日子みたいな感じにならないって事はあまり大きくは無いって事ですね)両眼を閉じて怒りの表情で立っていた。

 俺が中に入るとくわっと眼を開き「ちょっとそこに座りなさい!」と言い、俺がソファーに座ると「ちがーう! こっち!」と床を指差した。

 と言うことで、正座なうです。


「それはあんたが有名人だったからだろう。あんたと知り合いなだけでもいろいろな事に巻き込まれそうなのに、血の繋がってない姉弟だなんて知れたらどうなる事か……。あんたにも分かるだろ?」

「それは分かるけれど…………って言うか、そのあんたって言うのやめてもらえないかしら?」

「じゃあ、なんて呼べばいいんだよ」

「そうね…………私があなたの姉になるのだから、姉さんとか、お姉さまとか、姉貴とか…………」

「わかった、わかった。じゃあ、先輩って呼ぶことにする」

「えぇーーーっ! なんで先輩なのよ!」


 凛先輩は俺の言葉に思いっきり頬を膨らませて怒っている。いつもは冷静な美人って感じだけど、こういう感情が表に出たときの凛先輩は無邪気でかわいい感じになる。


「いや、それはこっちのセリフだよ。なんで姉さんなわけ? さっきも言ったよね。みんなに知れると厄介な事になるって、俺が凛先輩のことを姉さんなんて呼んだらモロバレじゃない?」

「ううぅぅ…………そうだけど……」


 凛先輩は唸っていたが、ちょっと間をおいて、


「それじゃあ、私はあなたの事を徹くんって呼ぶわね」

「えっと、羽多野くんにしてもらえないかな。そのほうが他の人にもバレにくいような気がするし」

「いやよ。私はひとりっ子だったから弟が出来るの楽しみにしていたんだから。せっかく弟が出来たのにそこは絶対に譲れないわ」


 俺はその凛先輩の嬉しそうに話している姿を見ていて少し自己嫌悪に陥った。俺は父親から再婚話を聞いたとき、正直言うとあまり祝福しようという気持ちにはならなかったし、相手の女の人(香織さん)とその娘(凛先輩)には少し嫌悪感すら抱いていたくらいだった。なのに、凛先輩は弟(俺)が出来たことを素直に喜んでくれている。そういう凛先輩の姿を見ていると自分が小さい事を気にするつまらない人間に思えてくる。


「徹くんって呼んでいいかしら?」


 少し間があったせいで、不安そうな声で凛先輩は聞いてきた。


「いいよ。こっちこそわがまま言ってごめん。そのうちに姉さんと言えると思うから気持ちの整理がつくまで少し待っていて欲しい」

「うん。わかった」


 凛先輩はちょっと顔を赤らめて、あのかわいい無邪気な笑顔で俺の言葉に答えた。


「話はここまでにして、徹くん、夕食にしない?」

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