第4話 平穏な日常のはずだけど……。 ②

「で、ここからが本題なんだが」


 昌は急に小声で話始めた。


「同じクラスの徳井って知ってるか?」

「ああ、知ってるよ」


 同じ学年の徳井って男は色白の小顔で茶髪、すらりとしていて身長こそあまり高くは無いのだが足が長い、雑誌のモデルをやっていても不思議がないようなイケメンである。休み時間ともなると彼の周りを女の子たちが取り囲み、話に花を咲かせている。


「で、そのモテ男君の徳井が今日子ちゃんのこと狙っているみたいだぜ」

「また、狙っているって穏やかじゃないな、好きだとか好意を持っているの間違いじゃないか?」

「いや、間違いじゃなさそうなんだよなぁー、これが……」


 昌はいっそう声のトーンを落とし、眉間にしわを寄せた。


「徳井のやつ、外見こそさわやかイケメンって感じだが実は女の子を取っ替え引っ替えして泣かせまくっているって噂だぜ! その徳井が次に狙ってるのが今日子ちゃんらしいんだよ」

「本当なのか? それって!」

「まあ、あくまで噂で裏は取ってないんだけどな」


 今日子に彼氏ができるかあ、考えたこともなかったな。そんな日が来たら幼馴染みとしては喜んでやるべきなんだろうが、少し寂しい気もするかな。ただそんな男に狙われてるとなると……。


「気にならないか? 徹」


 昌はにやにやしながら俺の顔を意味ありげに見ている。


「ま、まあ、幼馴染みとしては聞き過ごせない話だな」

「そうだろう。とりあえず俺に任せてくれないか? 俺の情報網を網羅して徳井の動向を監視して、もし不穏な動きがあったらすぐ徹に伝えるから」

「いや、そこは俺でなく直接今日子に言ったほうがいいんじゃない?」

「そうなんだけど………………………………それじゃおもしろくないんだよな」


 昌は再び最後の方を聞き取れない小声で言った。


「何か言ったか?」

「何にも」


 昌は俺の隣で頭の後ろで腕を組み、空々しく顔を上に向けて歩いている。

 徳井の件を昌に任せるとして、実際徳井が動き出したって報告を昌からもらったとして俺はどう対処すればいいんだろう。

 そんな事を考えているうちに、俺たちの通う神楽坂学園高等部が見えてきた。

 校門を抜けて学校に入ろうとした時、俺たちに向けられた強い視線を感じ、目をやった俺は視線の先にいる女子生徒を見て固まった。


 そこにいたのは、スレンダーな体にオリーブ色のブレザーとスカートにオレンジ色に黒のラインが入ったリボンを首に結んだ制服をスマートに着こなし、腰あたりまである艶やかで長い黒髪、登校中の男子たちがついつい目で追ってしまう整った顔。

 こ、こいつは昨日俺の家に来たやつじゃないか! なんでここに……!?

 固まっている俺の横にいる昌が声のトーンを上げて言った。


「マジかよー、白石先輩じゃないか! 今日はついているな!」

「昌、あいつ誰か知ってるのか?」

「当然だろ! 白石凛。高校二年生。成績は入学時からずっと学年一、去年のミス神楽坂学園では一年生にして並み居る先輩達を抑えて過去最多得票でぶっちぎりのグランプリ獲得、おまけに生徒会副会長までやっている。今年入学した男子で、白石先輩がいるからこの学園に決めたって言うやつがいるくらい有名人なんだぜ」

「へぇー、そうなんだ」


 ああ、それで彼女が昨日俺の家に来たとき、どこかで見たような気がしたのか。


「ところでさ、徹」

「ん? 何だ?」

「白石先輩、お前をずっと見てないか?」


 昌にそう言われて彼女を見てみると、確かに俺を見ていて、昨日とは全く違う涼しげな微笑みを浮かべている。


 やばい! 目が合ってしまった!

 俺は彼女の微笑みを完全に無視して昌に言った。


「そんな事あるわけないだろう。誰かと見間違えたんじゃないか」

「そうだな。お前と白石先輩に接点なんてあるわけ無いからな」

「う、うん」


 ごめん。昌!

 昨日、接点ができたんだ。でも、あんなに有名な彼女と姉弟になるかもしれない事がばれると、俺の平穏な日常が崩れ去ってしまうんだ。昌にはいずれきちんと話をするから許してくれ。

 俺は心の中で昌に謝りながら、その場を早く立ち去りたくて少し足を速めた。


「しっかし、白石先輩と付き合える男がいるって羨ましいかぎりだな」


 昌は悔しそうな顔をして、後ろを振り返って彼女の方をちらちら見ながら歩いている。


「誰かと付き合ってるのか?」

「ああ、信憑性は怪しいんだが、生徒会長で三年の岡田先輩と付き合っているって言う情報が俺の所に入ってきている」

「へー、あの眉目秀麗で有名な?」

「そうだよ。お似合いのカップルだろ、俺なんかどう頑張っても、岡田生徒会長からやさしくて頭が良くて女神みたいな白石先輩を奪ってお付き合い出来るなんて無いだろうし、なあ徹」

「え、えーと、やさしくて頭が良くて女神みたい……ね……あはははは……」


 同意を求めてくる昌に、昨日の彼女を知っている俺は笑いで返すしかなかった。


「とりあえず昌が白石先輩のことが好きなのはよく分かったから、早く教室にいこうぜ」




 俺達が通っている学校は、小中高一貫教育の学校で敷地が各エリアに分かれている。その中央部に校舎があり、その校舎は一階から職員室、保健室など、おもに教員が使うスペース、二階から四階が下から一学年、二学年、三学年というクラス配置になっていて、それより上の階が音楽室とか、科学実験室とか、図書室といった特別教室になっている。


 俺と昌は教室に入り自分の席に座った。教室はいつもと変わらず、数組の少人数のグループと徳井を取り巻く女子たちが話しに夢中になっている。


「徳井の奴、相変わらずモテまくりだな」


 昌は徳井を目で追いながら、前の席でこちらに向き直って話す。昌とは同じクラスになっただけでなく、こうして席も前になってすごく助かっている。新しく高校に入学して誰も知らない中に一人ぼっちってのもきついからなあ。


「あの見た目だししょうがないんじゃない?」

「そうだけどさあ、やっぱり男は中身じゃないか! そう思わないか徹!」

「えっと……、言いたくないけどそのセリフって、もてない男の死亡フラグだよね」


 昌は俺の机の上に上半身を突っ伏して沈んだ。

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