第2話 来客は突然に! ②
彼女はリビングのソファーに腰掛けて、対面のソファーに腰掛けようとする俺を見て、
「とりあえず、喉が渇いたわね。私、紅茶でいいわ」
……うぐぅ、ま、まあどんな相手でもお客さんにはお茶くらいは出すよな。俺は怒りにこめかみをひくつかせながら答えた。
「紅茶なんてねぇーよ。コーヒーでいいか?」
「しょうがないわね。それでいいわよ」
彼女の答えを聞いて俺は思った。仮に今、ここに紅茶があったとしても絶対にだしてやるものかと。
「砂糖とミルクはどれだけ入れる?」
「入れないわよ。せっかくのコーヒーの味と香りが台無しになるじゃない」
「はい、はい。そうですか」
俺はコーヒーの入っているマグカップを二個持ってリビングに戻り、片方を彼女に渡した。
ふぅーふぅー、ゴクッ
「んっ!」
彼女はにがい顔をして固まっている。飲んだのがコーヒーなだけに……って寒い親父ギャグ言ってる場合じゃない! 俺は別に毒なんて入れてないぞ。コーヒーの中にからしでも入れたいところをぐっと自制したんだぞ。
「どうしたんだ?」
「これってインスタントじゃないの?」
「そうだけど、どうかした?」
「豆から挽きなさいよ。そっちの方が断然美味しいでしょう?」
「ほっとけよ! ったく、図々しい女だな。それよりもさっきの話の説明をしてくれ」
「えっ? 何か説明する事あったかしら?」
彼女はしれっと言ってのけた。
だめだ! このままだと完全に彼女のペースにはまってしまう。
「ふざけるな! 真面目に話しているんだぞ」
「冗談よ、冗談。ちゃんと説明するわよ。何マジになって怒っているのよ」
「あんたが怒らせるような事を言うからだろ!」
「はい、はい、わかった。わかった。とりあえずこの手紙読んで見て」
彼女は俺に四つ折りにされて広げるとA4サイズになる紙を手渡してきた。
親愛なるわが息子へ
よお! 元気にしているか? こんな風に別々に住むきっかけを作ってしまった俺が軽々しく聞くのも気が引けるのだが、これでもお前の父親として息子の事をいつも思っていると言うことは覚えておいて欲しい。
お前も知ってのとおり俺は今、沙織さんと一緒に生活をしている。勝手な話なのだが、お前には俺と沙織さんが結婚する事を認めて欲しいと思っているんだ。それで、できればみんないっしょに暮らせたらいいと思っている。
あと、急な事で申し訳ないのだが、俺の仕事の都合で沙織さんの娘の凛ちゃんがそっちに行く事になったからよろしく頼む。くれぐれも、喧嘩などせず仲良くしてくれれば俺も沙織さんもうれしい。まあ、近いうちに日本に戻れると思う。
仕事でオーストラリアにいる父 健二より
俺は手紙を読み終えてゆっくり二つに閉じる。そんな俺の姿をコーヒーをちびちび飲みながら(そんなまずいなら飲まなきゃいいのに)待っていた彼女が口を開いた。
「どう? これで分かってもらえたかしら?」
「分かる訳ねえだろうがあぁぁーーーー!!」
「え? こんな簡単な日本語で書いてある手紙も読めないの? あなた頭大丈夫?」
彼女は俺の顔を哀れみを持った目で覗き込む。
「いやいや、手紙に書いてある事は分かる。分かるからそんな目で俺を見るんじゃねえ! そうじゃなくて俺が分からないって言ってるのは何で俺とあんたが一緒に暮らさなくちゃいけないのかって事だよ!」
「あっ、そういうこと……ねえ、あなたは私の事をお父様から聞いて知っているわよね?」
「……ああ」
父親から彼女が出来たと聞かされた時に、彼女には俺より一歳年上の娘がいるって事も聞かされた。正直、いきなり母親と姉が出来ましたって言われても、そんな簡単に割り切れるものでもない。
「それなら、私の今の状況を理解してもらえるかしら? 私の母があなたのお父様の海外赴任に着いて行くことになり、私はひとり日本に残ることになった。それを心配したあなたのお父様が、あなたの所に行って一緒に暮らすのはどうかと提案してくださったの。いずれ私達は姉弟になるのだからって」
「……それはまあ、言ってることは分かるけど、何か納得いかないと言うか、何と言うか……」
くそぉ~、親父のやつ、好き勝手言ってくれちゃって、これじゃあ断れないじゃないか。
「まさか! あなた、わたしみたいな美人でか弱い女の子を、家から放り出して勝手にしろなんて言うんじゃないでしょうね」
自分で美人でか弱いなんて言うなよ。まあ……たしかに美人ではあるが、絶対にか弱くは無い。断言できる。
「しょうがねーなぁ……分かったよ」
俺はため息を吐きながら答えた。
「それって、ここでいっしょに暮らす事を了承してくれたと理解していいの?」
彼女は不安げな面持ちで俺に聞いてくる。
「ああ、確かに女の子の一人暮らしは物騒な気がするからな」
俺のその言葉を聞いた瞬間、彼女の顔が満面の笑みに変わっていく。こ、これって反則じゃね。さっきまでのちょっときつめの美人な顔が、まるで年下のような無邪気な笑顔に変わった。
不覚にもかわいいなんて思ってしまったのは、俺のかん違いだと思う。
「よかった。それじゃあ、私は身の回りの物を持ってくる準備をしなきゃならないから今日は帰るわ」
「……お、おう」
「もしかして、あなた、今、私のことをかわいいって思った?」
彼女の表情は無邪気な笑顔から一転、俺の心を見透かすような微笑に変わっていた。
「んなわけねーだろう」
「ふぅ~ん、まあいいわ。じゃあ、また明日」
彼女は軽い足取りで、俺の家を後にした。
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