――勇者に救いを求めろ
町中に出ると、住民達は浮かれた空気に酔っていた。
全員楽しそうだ、屋台とかもいっぱい出ていて、おいしそうな匂いがあたり一面に漂っている。
面倒ごとを避けたいなら正体がばれないようにしておけ、と親友に忠告されたのでフードを目深にかぶって顔を隠し、気配を隠しながら町をうろつく。
子供も大人も楽しそうに騒いでいる、祭が楽しいのはどの町も同じであるらしい。
といっても、うちの地元のほうがもっと騒がしくてスリリングで楽しい、ここの祭は僕からするとお行儀が良すぎて少しだけ刺激が足りない。
屋台で鶏肉を甘辛いタレに漬けて串にさして焼いたものを購入して歩きながら食べる。
普通にうまい、あまり期待せずに買ったが、焼き加減がちょうどいい。
パクパク食べてると、人がどこかに向かって流れていく。
なんとなくその人の流れに乗ってみた。
何も刺さっていない串を行儀悪く咥えて辿り着いたのは町の中央にある広場だった。
そこに作られた壇上の上に、町長と何人か偉そうな格好をした男と、あの女がいた。
遠目にあの女の姿を見る。
あの女は花嫁衣装にも死装束にも見える真っ白な服を着ていた。
その白い服を着て、またあの時と同じように聖人じみた表情を顔面に張り付けている。
町長が何かを言っているが、その言葉はほとんど耳に入らなかった。
ただ、聖人を装っているあの女の顔を見ていた。
ふと、その視線が僕に向く。
何故かあの女は僕に気付いたらしい、なんでかは知らんけど。
あの女は一瞬だけ表情を崩し、その直後に僕の顔を睨んだ。
邪魔立てするなとでも言いたげな顔だった、実際そういう意図で睨んできたのだろう。
あの女が僕を睨んだのもほんの一瞬だけ、すぐに聖人じみた無表情に置き換わる。
……睨まれるまでもなく、何もしねーよ。
咥えていた串がぼきりと大きな音を立てて折れた。
あの女は真っ白な服を着たまま偉そうな服を着た男達にどこかに連れられて行った。
気まぐれを起こした僕は気配を完全に遮断して、なんとなくそれを追う。
あの女は無駄に大きな台車の上に乗せられ、何もせずにされるがままにされていた。
そうして。あの女が連れていかれたのは山の麓だった。
そこにはすでに地竜様とやらが待ち構えていた。
意外な事に地竜様とやらは人と同じ姿をしていた。
だけど顔や体のあちこちに鱗が付いていて、普通の人間でないことは一目瞭然だった。
知能が高かったり魔力を多く持っている魔物は人に化ける事がある、あの地竜様とやらもその類だろう。
地竜様とやらの隣には魔鉱石や宝石類を積み上げて作られた小さな山があった。
台車から降ろされたあの女が地竜様とやらに引き渡される。
その時に奴らは多少言葉を交わしたらしいが、聞く必要はないと判断したので聞いていない。
あの女を受け取った地竜様とやらはあの女の身体を抱えて山の中に消えていった。
取り残された男達は嬉々とした表情で魔鉱石と宝石で作られた山を崩し、台車に乗せていく。
成程、それであんな無駄に大きな台車を使っていたのかと納得したところで、僕は山の中に消えた地竜様とやらの姿を追った。
地竜様とやらがあの女を連れ込んだのは山の中にある小さな洞窟だった。
おそらくそこを住処にしているのだろうと推測したけど、そんなことは別にどうでもいい。
その洞窟に辿り着き、地面におろされたあの女は聖人じみたそのお綺麗な顔を豹変させた。
狂気すら感じるような色濃い殺意と憎悪が塗り込められた、悪魔じみた表情だった。
その顔のまま奴は地面に手をかざし、何かを小さく呟く。
地面から石の一部があの女に吸い込まれるように引き寄せられ、その形と色を変えた。
錬金術だ、魔術師が何度か使っているのを見たことがある。
あの女は引き寄せた石から作った銀色のナイフで地竜様とやらの胸を刺した。
一瞬だけニタリと笑ったあの女の顔がすぐに強張る。
ナイフの刃は地竜様とやらの胸に突き刺さるどころか、傷一つつけていなかった。
それでもあの女は諦めず──懲りずにナイフを地竜様とやらの胸に突き刺そうとした。
だけど、今度はそれすらかなわずにナイフを持つ手を掴まれた。
あの女は逃れようともがくが、その前に地竜様とやらが彼女の身体を洞窟の壁めがけて投げ飛ばした。
短く高い悲鳴が洞窟内に残響する、壁に叩きつけられたあの女の顔に初めて見る表情が浮かんだ。
浮かんだそれは恐怖と絶望、この旅の中で何度も見たことのある表情だった。
──助けて、とそう言ったら助けてあげる。
怖いでしょう、痛いでしょう、結局何もできやしなかったでしょう?
怖気づいているんでしょう、怖くて怖くて仕方ないんでしょう?
だからたった一言、助けてくれと言ったその時点で助けてあげる。
君を痛めつけたそれを完膚なきまでに叩き潰して、君を救ってあげる。
僕は勇者だから、その程度の事は簡単にこなすことができる。
さあ、さあ、さあ。
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