ムテの外の荒れた世界・2
あっという間に秋。
マヤが身籠ってから、サリサは新しい巫女姫を選んではいない。
祈りの補助もないままで、祈りは厳しいものとなる。
だが、サリサは、よほど能力が高い女性が現れない限り、もう巫女姫を選ばないと心に決めていた。それは、個人のわがままというよりは、最高神官として当然の判断だと思っている。
最高神官の祈りは厳しい。
一日祈れば一日寿命を失う。力が強ければ、もっと失う。最高神官の長い寿命は、祈りに費やすために備わったものだ。祈りで消費して当然である。
巫女姫にしても、祈りで寿命を使うのは同じこと。だが、彼女たちには最高神官ほどの寿命はない。ゆえに宝玉を使うのだ。
宝玉を扱えない巫女姫は……役に立たないうえに、ただ、自身の命だけをせっせと削るのである。かつてエリザを援助したり、ペルールに朝の祈りを免除したのは、そのためだ。
マサ・メルは、適任者なしの最後の十年、巫女姫を選ばなかった。結局、サリサは、その点をマサ・メルに見習った。
エリザの名前がサリサの口に上がることは、ほとんどなかった。
むしろ、禁句になっていた。
マヤを完全に遠ざけたのは、以前のやり方に戻したのか、それとも、エリザを忘れるためだったのか。マヤが山を下りるその日まで、サリサは彼女にも彼女が生んだ自分の子供にも会わなかった。
ラウルが去ったことで狂おしいほどの嫉妬心から解放され、エリザを感じないことで心穏やかになれていた。そんなサリサが、エリザへの思いを麻薬に変えてしまうマヤの誘惑に乗るはずもない。
むしろ、マヤに対する後ろめたさと、サラに起きた悲劇を思い、マサ・メル風を貫いた。
秋風が吹く頃、マヤは蒼白な顔のまま、山を下った。
最高神官の微笑みと「幸せになってください」の言葉に、返事もしなかった。
ただ、付き添った村の神官に一言。
「皮肉なことですわ……」
エリザに似ている事で側に置かれ、似ている事で遠ざけられた。マヤの武器は、同時に彼女にも不利を与えたのだ。
村の神官は、全くその言葉の意味がわからず、戸惑いながらも微笑んで、マヤを故郷の村へと連れ帰った。
冬になると……。
祈りにエリザの存在を感じるようになった。
エリザの存在が辛く苦しく思えていたのに、時間がいつの間にかサリサを癒したのだろう。傷ついたり、悲しく思うよりも、むしろ、嬉しく懐かしく感じた。
と、同時に、ラウルと別れた彼女は、もう二度と誰かと一緒にはならないだろう……とも感じ、少しだけ心苦しく思った。彼女の幸せな夢は永遠に去ってしまったようだ。
それでも、エリザの祈りは、優しく穏やかで、サリサを励まし、癒しを与えた。
サリサもエリザも、幸せというほどではないけれど、不幸でもない。
霊山の最高神官、その麓の村に住む癒しの巫女。
ひとつ心を分け合ったまま、二人はこうして支え合い、長い時を過ごしてゆくのだろう。
それも、それほど悪いことではないようにも思えた。
サリサは、ふと、マサ・メルとフィニエルのことを思い返した。
フィニエルは、愛はなかったと言った。でも、二人は心を分け合う仲だったとも……。
それは、おそらく、今の二人の関係に似ているのだろうと、なんとなく思うようになった。
こうして年月が過ぎていった。
このまま日々が平和に過ぎていったとしたら――
サリサ・メルの世は、マサ・メルの時代よりも長く続いただろう。
おそらく、ムテの最後の最高神官として、歴史に名を刻んだことだろう。
だが、ある日、ウーレンから届いた一通の手紙が、サリサを驚愕させた。
それは、エリザとジュエルの平和な小さな世界を崩壊させる恐ろしい内容だった。
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