決別・5
エリザとラウルは、お互いに秘密を持った。
隠すつもりはなかったのだが、エリザはサリサのお昼を作っていることを、ラウルに打ち明けなかった。
そして、ラウルのほうも、隠すつもりはなかったのだが、エーデムの商人から受注を受けたことを秘密にしていた。
エリザが忙しく霊山に通う間に、ラウルもこっそり宝玉の加工をしていたのだ。
シビルが渡した宝玉には、なんと金剛石も含まれていた。
価値あるものであるが、ムテの霊山で採れたものではない。宝玉としての力は弱い。だが、輝きはムテで採掘される以上の物だった。
まさに、美しさのために生まれた石だった。だから、ラウルも最も美しく見えるよう、石を組み合わせることを考えた。
そして、結局、エリザに作ってあげた首飾りと同じデザインを採用した。
エリザをどれだけ思ってあの首飾りを作ったことか……。
ふと、懐かしい日々を思い出した。
あの頃、ラウルはどうしてもエリザの気持ちを引き寄せたくて、できる限りのことをした。
そして今、エリザとこうして共にある。
ところが、ラウルはいまだにエリザの気持ちを得ているとは思えないのだ。心を分け合っているとは、全く思えないでいる。
――ラウルと一緒に生きていきたい。
その気持ちに嘘はないだろう。
でも、このまま結婚して、彼女が身も心も自分を受け入れてくれるのか、時々疑問に思う。
ラウルの気持ちは、足を失った頃と何ら変わらなかった。
エリザを霊山の呪縛から解き放つため、力を得て、最高神官の気の及ばない村で暮らすこと。それを強く望んだまま。
エリザが毎朝、何を祈っているのか……。それを知らないラウルではない。
彼女と口づけをかわせば、かつて無理矢理唇を奪った時と同じように、別の男への想いを受け取ることになるだろう。
エリザの気持ちも変わっていない。
変わったのは、ラウルの足が無くなったということだけ。
だから、彼女はラウルを選んだ。
そして、ラウルは、エリザに何も言えない。
かつてのように「霊山を卒業しろ」とも「最高神官を忘れろ」とも。
霊山の呪縛を断ち切って、三人で生きよう……と提案することなど、足を失ったラウルにはできない。
かつて庭のように歩いていた霊山を見て過ごすのも、どれほどラウルを傷つけているのか、とてもエリザには言えないのだ。
こつこつと作業をしていると、気が休まる。
ふと、凝った体を休めると、足下でジュエルが絵を書いていた。
ラウルは、思わず微笑んだ。
最近、妙にジュエルと自分は似た者同士だな……と思うようになった。
守ってもらう弱い存在に成り下がって、エリザの顔色を心配し、彼女が傷つく事ばかりを恐れている。
約束の日、ラウルはでき上がった首飾りを持って、市に出かけた。
シビルは、ラウルの作品を見て、思わずうなり声をあげた。
「やはり、あなたは石の美しさをよく心得ていらっしゃる」
「美しさだけではありません。力も心得ています」
石の本質をよく知っているラウルは、つい、口を挟んだ。シビルは、ニコニコ微笑んだままだった。
思わず余計な事を……と思ったが、ラウルは、自分の言葉で忘れていた感覚を思い出していた。
それは、採石師としての力。誇り。自信というものだ。
「さすが、ムテの細工師だけありますね」
シビルは、美しい微笑みをたたえたまま、リューマの商人に合図した。彼は、革袋をラウルに手渡した。
中には、ぎっしりとお金が入っていた。
「これは! 高すぎる!」
ラウルの声に、シビルは微笑んだままだった。そして、ラウルの耳元に口づけでもするかのように近づいて囁いた。
「そのようなことはありません。なぜなら、この首飾りは、ウーレン王アルヴィラント様からの受注で、エーデム王の妹君フロル様に贈られるものなのですから」
ラウルは思わずめまいがした。
思えば、一般人が依頼するには、あまりに高価な石ばかりだった。
「ここだけの話ですけれど……。お二人は親子でありながら、長い間、仲違いをなされている。もしも、この首飾りがお二人の仲をとり持つようなことがあれば、あなたは英雄ですよ」
「え?」
英雄とは……ラウルの頭には、かつて読んだ本の中にしか登場しない人物で、しかもウーレン人と決まっている。
「もちろん、そうならないとしても、あなたの名声に傷はつきませんがね」
びっくり顔のラウルに、シビルは柔らかな微笑みを絶やさなかった。
そして、さらに驚く提案を、ラウルに示した。
「あなたの作品をこの一年間追い続けましたが、もう我慢ができなくなりました。私、あなたが欲しいんですけれど」
「は、はぁ?」
ラウルは、らしくない素っ頓狂な声を上げた。
だが、常に笑顔のエーデム貴族のシビルは、悪びれもなく言った。
「ねえ、ラウル。イズーに来ませんか? 私は、あなたのために工房を用意しますよ。家族揃って住める家も用意しますし、エーデム王に紹介して、市民権もお約束します。私は、あなたの才能を独り占めしたいんです。いけませんかねえ?」
ラウルは、思わず汗をかいた。
ラウルを専属の細工師として、雇い入れること。
それが、このシビル・レーヴェルが、わざわざエーデムからムテを訪ねてきた本当の理由だったのだ。
「もちろん、あなたの足だって……いい義足技師を紹介できますよ」
相変わらず、シビルはニコニコ微笑んでいた。
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