巫女姫マヤ・4


 ――どれだけ卑怯なことをしたのか?

 ひとつ心を大事にするムテ人にとって……。


 それも、古代からの血を濃く持つサリサ・メルにとって、これほど恥ずかしいことはない。

 子をもうけるための存在の巫女姫と繋がるのは、当然。だが、このように子を作るわけでもない夜に。

「申し訳ありません。マヤ……」

 マヤという人の心を無視し、無理矢理、エリザと置き換えた。

 それは、どれほど残酷な行為か? サリサは、つい、マヤを見ると、いつもそうしてしまう。

 いや、マヤという少女を巫女姫に選んだのも、ついエリザと重ねてしまったからに他ならない。最初からこの間違いを繰り返し、また繰り返し、そして後悔する。

 そして、今夜もだ。

 だが、マヤは何度も首を振り、やや切なく微笑む。

「サリサ様の側にいられるのなら、私は幸せですもの」

「許してください。もう……二度としません」

「……サリサ様」

 マヤはそっと目をつぶった。



 そっと引き寄せ、いたわるように髪を撫でてくれる……。

 この瞬間、私はマヤ。 

 この一瞬のために、私はどのようなことにも耐える。

 誰もが思っているマヤは、はかなくて、弱々しい女。意気地のない女だと思っている人も多いでしょうね。

 確かに私は強くない。内気で、表に自分を出せないわ。

 でも、ただ、強ぶる女よりも利口なつもり。

 サラが私をいじめれば、サリサ様は、より私を愛したわ。仕え人たちの同情も買ったわ。

 最初の子供が死んだ時、何日も何日も泣き暮らして、思ったの。


 犠牲を払うのは、怖くない。

 でも、払った犠牲は無駄にしない。


 ――サリサ様の一番近しい女になると。


 心を分けた女がいたとしても平気。

 その人は、もう二度と戻ってこないのだから。

 彼女を求めれば求めるだけ、サリサ様は私を求める。

 私は麻薬。 

 たとえ、サリサ様が私の心を読み尽くしたとしても、けして手放せやしない。

 拒否しつつも、私を求め続けるでしょう。あの人を求める限り――。


 サラが激しく『求めて』得られなかったことを、私は静かに『求められて』手に入れるのよ。


 サリサ様は、私を……。

 何度でも巫女姫として求めるでしょう。

 最後は、仕え人として側に置くでしょう。

 私が骨となる時には、きっと涙を流すことでしょう。

 一番近しいものが、いつか、一番、大事になるもの……。

 そして、いつか呼んでくれる名前も変わるわ。


 ――マヤ……と。



 雨は上がった。

 風も止んだ。

 マヤは、最高神官の部屋を出た。振り向き様に、瞳を潤ませ、微笑んだ。

「……ごめんなさい。サリサ様。困らせるつもりはなかったんです。ただ、恐かっただけで……」

 口ではそう言った。

 が、自分がどれだけサリサを慰めたのか? は、霊山の気が物語っている。

 さすがに優しい最高神官も、自己嫌悪に陥っているらしく、目を伏せた。

「もう……。来ないでください」

「……ええ、もう来ません」

 マヤは、そっと胸に手をあて、敬意を示した。

「尊きお方」

 この言い方は、彼を傷つけただろう。

 エリザそっくりな物言いで。


 ――もう二度と、と言ったが。


 言葉というものは、時々嘘になるものだ。

 サリサの心に容赦なく鋭い傷をつけて癒すことのないその人の代わりに、マヤという名の麻薬を注ぐ。

 誘惑は、乾いた者に水を飲ませるよりも簡単だ。苦くも甘美な薬は、傷口に雨水のようにしみ込んで、徐々に感覚を狂わせるもの。

 マヤは何度でも通うだろう。

 そう、完璧に準備して。


 もうしない……と言ったけれど、彼は絶対に拒めない。



=巫女姫マヤ/終わり=

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