巫女姫ぺルール・5
栃の村で、ペルールは両親と暮らしていた。
辺境と霊山を結ぶ宿場として発展したが、それ以外の産業がなく、貧乏な村だった。
ムテは滅多に旅をしない種族である。祈りの儀式の時、客が増えるものの、お得意様はリューマの乗り合い馬車屋か商人という有様。途中で行き倒れた流れ者やリューマ族も住みついて、ムテには珍しいくらいにガラの悪いところでもある。
一年ほど前、ムテの男が流れてきて、行き倒れた。
ペルールは彼を助け、世話をした。
力あるムテ人のようであるが、文無し。しかも、盲目だった。年齢も素性もわからず、無口で自分を語らなかった。ただ、名前をピエルと名乗った。
ペルールは、なぜか一目見ただけで彼に恋をしてしまった。
まるで生きる屍のような男に、ペルールの両親は嫌悪感を抱いたが、彼が空を読めると知って、宿に置いた。
何せ、旅人には空模様は重要な情報。重宝したのだ。
ペルールの明るさに感化されたのか、ピエルは徐々に心を開くようになった。生気のない顔に、少しずつ微笑みが浮かぶようにもなった。
ペルールは、ピエルも自分を好いてくれていると思っていた。が、盲である彼は、それを気にしてか、何も言ってくれなかった。
半年ほど前、ペルールは宿屋でみそめられ、リューマの馬車使いに正式におつきあいを申し込まれた。
金に苦労してきたペルールの両親は、金と幸せは比例すると思っている。ペルールに、リューマ族との結婚を勧めた。
行き倒れたムテの女が金持ちのリューマ族と結婚し、椎の村でいい生活をしている……という噂が、ちょうど両親の耳に入ったのだ。
「ひとつ心を分け合えない人と、結婚なんて出来ない」
「彼はムテじゃない。心なんか分けなくてもいい」
両親の性格には困ったものだった。
ずっと金に苦労をしているのだから、仕方がないのだが……。
困ったペルールは、ピエルに駆け落ちを持ちかけた。
だが、彼にその気はなかった。
目が不自由なピエルは、自分がペルールにはふさわしくない、ペルールは故郷を捨てるべきではない……と言った。
「戻るべき故郷も家族もいないのは、苦しいことだから」
「じゃあ、私が追い出されたら? たった一人で路頭に迷ったら? ピエルはそれでも平気なの?」
「ペルールは追い出されない」
「もしも、もしもよ?」
「もしもは、ない」
「あったとしたら? よ?」
「……でも、ありえない」
ペルールは、どうにか時間が欲しかった。ピエルを説得する時間。
そこで、魔が差したのだ。
蜜の村で選ばれた巫女姫の家は、お祝い金で金持ちになったという噂だ。そこで巫女姫候補を理由に、親にリューマ族との結婚を断らせたのだ。
「わ、私、巫女姫に選ばれるかも知れないのよ? 巫女姫になったほうが、リューマ族のお嫁さんになるよりもずっといいじゃない?」
「それで、名簿を改ざんしたのですか?」
「申し訳ございません! もしもばれて村を追い出されたとしても、その時はピエルがいっしょに逃げてくれると思って……」
過去を捨ててしまったような男。しかも盲。
自分のために、ペルールが安定した生活を捨てるのを良しとしない。が、ペルールが追い出されたなら仕方がない。おそらく、いっしょに村を出てくれるだろう。
「……ピエル……か。どこかで聞いたような名前……」
サリサは首を傾げたが、すぐには思い出せなかった。
「でも……サリサ様。どうして、私が月病の年ではないとわかったのですか?」
どうもペルールはあまり礼儀を知らない。
少し慣れたら、聞かれたくないことを聞いてくる。
「私は男ですから、女性のことはわかりません。でも、最高神官ですから、気を読むことができます」
ペルールは、すごい! とばかりに感心している。
「ですから、私に嘘をついてもだめですよ」
……というサリサの言葉のほうが、嘘であった。
仕え人たちは、準備の整った女性しか、サリサは知らないと思っている。
ただ、心も通わずに繋がるだけの、薬漬けの関係しか。
だが、サリサは、蜜の村で月病のないエリザを抱いた。
戸惑いがあった。
ある特有の気をエリザは持たなかった。霊山での夜では、拒絶された日ですら、感じていたものなのに。
それは、とても動物的な気なのだろうと思う。月病のある女が男に送るサイン。準備が整っていることを知らせ、体の繋がりを促すもの。ムテはそれに敏感だ。
同時に、子を作るのに不要で余計な繋がりを避けるためのもの。肉体だけの繋がりに、何の快楽を見いだせない彼らの、ひとつの保身と保心でもある。
そのような期間、ムテの夫婦はお互いにいたわり、ただぬくもりだけを分けあって過ごすもの。
だからこそ、余計にあの夜が、切なくも愛しく感じる。
時期外れの繋がり。心は簡単に燃え上がったのに、体は頑だった。
まるで、初めて抱いた夜のように……。
また再び切ない気持ちになったところ、ペルールの声が空気を引き裂いた。
「それで……私。巫女姫解雇なんですよね? ピエルのもとに帰れるんですよね?」
サリサはため息をついた。
引き裂かれる恋人同士がいれば、どこかで幸せになる恋人同士もいる。
「いいえ、気が変わりました」
「はぁ?」
「ペルール。あなたは仕え人たちに騙されたのです。霊山は、今年、どうしても巫女姫が必要なんです。だから、あなたは生け贄にされたわけです」
ペルールは、目をぱちくりさせた。
「……でも……。嘘がばれたから、帰してくれるんですよね?」
サリサはいたずらっぽく笑った。
「いいえ、帰しません。どうせなら、仕え人たちもムテの人たちも、騙し続けましょう。私だって、プライドを傷つけられましたからね」
ペルールは今更ながら、慌ててかしこまった。
つい、サリサの最高神官らしからぬ聞き上手に調子に乗り、話しすぎてしまったのだ。
「ペルール、あなたは私が選んだ巫女です。ですから、これから一年、最後の最後まで、おつきあい願います。ちゃんと私を慰めてくれなくてはね」
サリサの言葉は、まるでペルールにとって、何よりも重たい罰に思えた。
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