巫女姫ぺルール・4

 サリサに押さえ込まれ、ペルールは、必死の抵抗を試みた。

 もちろん、想い人がいるから、最高神官といえど、体を許したくはない。

 それに、薬で体はそれらしく装ったといえ表面だけである。その上、最高神官を騙すなんて、ばれたらどのようなおとがめがあるものやら?

 子を為せない体なのに、それを偽っているとばれてしまったら?


(きゃー! きっと村八分どころか、ムテ八分だわっ!)


 どうにか、体を奪われる前に、そのことを伝えたいと言うのに。何を勘違いしたのか、仕え人は暗示を掛けてペルールの言葉を奪ってしまったのだ。

 振り回していた腕を掴まれ、押し倒され、上に乗られて……もう、どうしようもなくなった。

 真剣な目でサリサに見つめられて、ペルールは、ぎゅっと目をつぶった。


(うわっ! 怒っている。これって、まずいわ!)


 ペルールの脳裏に、故郷に残した想い人の顔が浮かんだ。


(もしも私が、おとがめを受けたりしたら……ピエルはどうなっちゃうの?)


 そう思うと、頭が混乱した。

 もう嘘をつき通すしかない。巫女姫ごっこを続けるしかない。


 ――さあ、もう、何でもしてちょうだい!


 そういうつもりだったのだが……。

 歯がガチガチ震えた。

 最高神官が、持っていた小瓶を床に落とした。カラン……と音が響く。それはきっと、仕え人が持っていた怪しい薬のひとつに違いない。

 胸元に手が伸びてくる。


(つ、次に来るのは……胸? それとも)


 ギッと目をつぶった。

 ところが、最高神官の手は、乳房に触れることなく、ローブに触れてペルールを押し隠した。

 そして、あまりに冷静な声。

「あなたを抱けません。時期じゃないのに……」

 沸騰するほどの衝撃だった。

「キャーー! そんな! どうしてばれたのですか!」

 思わず叫んで気がついた。


 ――声が出た。暗示が解けている。



 ぐすん、ぐすん……と泣いているペルールの横で、サリサも気分が悪かった。

 とても切ないことを思い出して。

「わ、私……。騙すつもりはなかったのです。ここまでばれないなんて思っていなくて……」

 ペルールのいいわけを黙って聞いていた。

 仕え人たちがわからないはずがない。騙したのは彼らのほうだ。

 サリサに女の知識がないことをいいことに、月病のある女性を装わせて、お茶を濁そうとしたのだろう。

「まさか、名簿が通るとは思わなくて……気がついたら……」

 ペルールのせいではない。偶然が重なったのだ。

 まず、月病の年であるか否か? の判断は、村に任せられている。

 霊山の名簿係は、偏った村や血筋からの選択を避けるため、巫女姫が選ばれたことのない地方から、一人は候補を選ぶことにしている。

 そして、三次審査は……名簿に目を通し、あまりにひどかった。だから、サリサは、適当に選んだのだ。さらに、最終選考は……前述の通りである。

「私、罰せられるのですか? 家族にもとがめは及びますか? お願いですから、それだけは……」

 サリサ自身は別のことで落ち込んでいたのだが、不機嫌そうに見えたらしい。

 ペルールは、最高神官が自分のことを怒っていると思ったのだろう。申し訳ないほどに不安気だ。

「あなたを選んだのは、こちらの落ち度ですから、何のとがめもありません」

 サリサはやっと口を開いた。

「でも、あなたの巫女姫としての権利を剥奪し、村に帰ってもらうしか、方法はないでしょう」

 ペルールは、がっくり肩を落とした。

 当然だろう。

 ちょっとしたいたずらだったのかも知れないが、ペルールを処分しないことには、名簿の改ざんを許してしまう事になる。霊山には、いちいち村の少女たちの月病をチェックする暇などない。

 このような不名誉を受けたならば、ペルールはおそらく村を追われることになるが、同情は出来ない。 

 だが、彼女はやがてすくっと頭を上げた。

「ありがとうございます。これで、村を捨てることができます」

 涙が頬を伝わっていたが、すっきりした顔。

 故郷を離れるなどとは、ムテにとって辛いことのはずなのだが。

「村を捨てる? 故郷がきらいなのですか?」

 ペルールは首を振った。

「あんなところでも、生まれ育った地には愛着があります。だから、捨てる理由が欲しかったんです」

 ……何か事情がありそうだ。

「処分を下す前にですが……あなたがなぜ、このような馬鹿げたことをしたのか、聞いて置くべきですね」

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