巫女姫ぺルール・3


 いつもにも増して、臭いほどの薬湯だった。

 これも、今回の巫女との初夜だからだろうか?


 サリサはうんざりしていた。

 元々、巫女制度には疑問があった。だが、エリザを失ってから、余計にこの制度を恨むようになった。

 ムテには昔から、強い神官が現れると女性を差し出す……という風習があった。

 だが、一夜だけのことである。しかも、結婚が決まった女性に限られていた。【神落し】と呼ばれ、聖なる交わりとされた。

 最初の年に生まれた子供は、たとえ能力が低くても高くても、父親が夫であっても神官であっても、神官の子供とされて、夫婦が育てることになる。

 父親の血を読むのは、心に傷を呼び込むので良しとされず、確かめられなかったのだ。もしも神官との間に子供が出来なくても、夫との間に生まれた子供に多少の力がうつるとさえ言われてきた。

 能力を欲するがゆえの迷信であったが、人々は信じた。

 それを改め、今のような厳しい巫女制度を作り上げたのは、マサ・メルである。

 彼は、迷信など信じていなかった。合理的で効率的に、ムテの尊い血を未来に残そうと考えたのだ。


 ――だが、これがムテにとって一番いい方法?


 サリサは悩むようになっていた。

 そもそも、ムテはひとつ心を分け合うもの。神落としは、一生添い遂げて、滅多に再婚しないムテのなかにあって、どうにか能力の高い人の子孫を残そうとする、一種の工夫でもあった。

 だが、今の巫女制度には、ムテ本来の結婚観、家族のあり方にはそぐわず、ひたすら、選ばれることの名誉やら見栄やらが絡み合っていて、間違っているように思えるのだ。

 浮かんでは消える疑問を、何度も自分の甘え、エリザに対する執着ゆえ……と、否定してきたのだが。

 最高神官といったところで、単なる種でしかない。巫女姫は土壌でしかない。

 最高神官の血を分けて、女性を村に帰すことが本当にムテのためになるのか、わからなくなっていた。


 エリザは今、幸せだ。

 誰が見てもそう言うだろう。

 だが、サリサは、時に朝の祈りに、時に夕の祈りに……。

 エリザの心を感じることがある。それは、もしかしたらおごりなのかも知れないが……。

 まだ、ひとつ心を分け合っていると思えるような、温かな一体感だ。


 ――本来ならば、彼女と添うのは自分だったはず。


 そう思う気持ちが、ますます未練を積み上げて、サリサを苛々させるのだった。

 いっそ、もう何とも思われなくなり、エリザが自分のことを祈らねばいいのに……とすら思う。

 そしてまた、新たな女性に種まきだ。

 このような気持ちで別の女性と結ばれるのは、まさに心が引き裂かれる思いである。



 八角の部屋の重たい扉を開く。

 中に入ると、代わりに仕え人たちが退室する。サリサが最高神官になってから、彼らが同席することはない。

 銀の結界を外し、素のままになり、蝋燭の灯りだけで中に進む。

 サリサにとっては、相手を変えて、もう何度も繰り返された夜。行為そのものは手慣れたといっても、初めての女性にはやはり気を遣う。

 さすがにエリザのように拒否をした女性はいないが、緊張していなかった人といえば、シェールぐらいなものであった。

 今回のペルールも、何やらカチカチになっているらしく、座ったまま、瞬きもせず、サリサを睨みつけていた。

 これは……ちょっとやりにくい。

「大丈夫です。すぐ、終わりますから」

 事実である。愛のない繋がりは一瞬のことだ。

 薬で体の準備は出来ている。触れて確かめ、まだ足りないと思えば、感じやすい部分を愛撫することもある。だが、たいていはすることだけ済ませて終わりなのだ。

 エリザの時のような戸惑いはない。初めての女性には手間取ることもあったが、もう慣れた。

 サリサは、蝋燭を床に置いた。

 そして、ペルールのローブに手を掛けた。

 ――とたん。


 バシッツ!


 一瞬、何が起きたのかわからなかった。

 今までにない展開……。いや、一度だけ、エリザにやられたことがあったが。

 それにしても、まだ何もしていないうちに、涙が出そうなくらいの強烈ビンタはないだろう。

 サリサは、叩かれて横を向かされたまま、呆然とした。

 だが、そこは最高神官。しかも、こちらのほうが慣れていること。せいぜい、威厳とゆとりを見せないことには……。

 自分がやらかしたことに驚いて、ペルールは引き攣ってパクパクしている。言葉を失っているよう。エリザと同じ癖があるらしい。

 サリサは、自分の動揺を隠しつつ、微笑んでみせた。

「……大丈夫です。初めては緊張しますよね。動揺した方から叩かれることも、よくある……」

 言葉が終わらないうちに。


 バシッ! バシッ! ビシッ!


 ……何で三連発で叩かれなければならないのだろう?

 ペルールは、なぜか興奮して、うううう……とうなり声をあげている。

 ここまでの拒絶は、エリザの時以来だ。

 まったく。巫女姫としての覚悟も何も、できていないなんて。しかも、暴力で抵抗? このまま叩かれ続けなんて、最高神官としても男としても引き下がれない。

 五発目の平手をサリサは受け止めた。

 そして、その手を押さえ込んだまま、力づくでペルールを押し倒した。

「……うぐ、うぐぐぐ……」

 声にならない声をあげて、彼女はばたばた抵抗した。

 足を足で、体を体で押さえつけた。何だか、無理矢理だなんて、あまりにムテらしくなくて萎えてくる。

 しかも、口を利けぬよう暗示を掛けられているなんて……。道理で言葉がないはずだ。

「おとなしくしてください。素直に従わないと、私も暗示を掛けねばなりません」

 そんなつもりはないのだが、今後のことを考えると脅しも必要だった。

 ペルールは、さすがに観念したようだ。ひくひくと泣き始めた。

 これ以上の抵抗はないだろう。

 だが、これは、お互い更なる薬の力が必要そうだ。

 力づくで想いを遂げようなんて……いや、想い自体すらないのだから。

 そう思い、サリサはローブのポケットから薬を取り出した。最高神官の仕え人特製の『いざという時のためだけの強壮剤』である。

 これを飲めば、相手も自分も淫らな気持ちになれるのだが、終わったあとの嫌な気分といったらない。心を殺して繋がるような、死んだ気分になるのだ。サリサは、薬の蓋をあけるため、ペルールの体を離れた。

 その時である。

 ペルールは思いも寄らない行動に出た。

 真っ赤になりながら、自分で自分のローブの胸を開いた。

 がばっといきなり裸である。

 サリサは唖然として、薬をぽとんと落としてしまった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る