巫女姫ぺルール・2


 ペルールの嘘は、あっという間にばれた。

 何せ、月病がないのだから。

 それでも一ヶ月、医師の者は彼女を観察し続けた。このようなことは、霊山始まって以来の珍事である。慎重を期さねばならない。

「でも、ないものはない。どうにもなりません」

 これは、名簿係のミスである。処罰が必要となろう。

 巫女姫の仕え人は、つい、隣の最高神官の仕え人にしかめた顔を向けた。

「サリサ・メル様に報告し、対処しなければなりませんね」

 最高神官の仕え人は、表情の乏しい紙のような顔で、医師を見た。

「ないものは……作ればいいではありませんか」

「はい?」

 医師は目を丸くした。

 ムテは、癒しの業に長けている。だが、その分、この医学に対する乏しい知識は何としよう? そんな方法があるはずない。

 だが、最高神官の仕え人は大真面目だった。

「私には、薬草の知識がございます。いくらでも、月病ある女性のように、巫女姫を装わせる自信がございます」

 巫女姫の仕え人が、ぎくりとした顔をする。無表情の仕え人が驚くと、これほども滑稽かと思われる顔だ。

「ですが……。あるように装ったところで、ないものは……」

「ないとなれば、巫女姫は直ちに解任され、新しい選考にうつります。ですが、サリサ様は、今回の名簿からはもうお選びにならないでしょう。巫女姫がいないのは、今年、どうしても困るのです」

 しかも、最近のサリサは、仕え人たちがあきれるくらいに精神状態が不安定だ。これ以上の心労は、祈りにも支障が出る可能性がある。

「名簿係を処分されるのも、巫女姫解任劇も、何もかも、最高神官のためになることはひとつもありません」

「ですが……。ばれます」

「サリサ様に、女の何がわかりますでしょうか? ペルール様が我慢すれば、ばれやしません」

 誰も反論はしなかった。とても納得したのである。

 すべては、最高神官のために――それが当然の仕え人たちである。

 嘘も方便、時には詭弁、最高神官本人すらも、ペテンに掛けるつもり充分である。


 さて。

 こうなると、とばっちりはペルールである。

 元を正せば自分が悪い……のであるが、真っ青になってしまった。

 逢瀬の前、岩屋の浴室で、タオル一丁のまま、呆然と立ち尽くしていた。

「いいですか? この薬は、反応しない体を補助し、受け入れるべきものを受け入れるよう滑らかにする効果があり、こちらは気分を高め、さらにこちらは、男性をその気にさせるオイルで……」

 目が回ってしまう。

 たいがいの巫女がそうであるように、ペルールは生娘である。

 このような恥ずかしい話を、時を終えたとは言え、男姿の仕え人から延々と説明されるとは。

「あ……あの、私、無理です」

 月病ではない女性の体は、男性を受け入れない。

 まず、男をそそるような気を発しない。ムテでは、これがないと男性はその気にならないとさえ言われている。さらに、どのような愛撫を受けたとしても、堅く閉ざされた門は開かない。強引に押し入られるのは、かなりの苦痛だろう。

「無理は承知です。ですから、これだけの用意をしているのです」

 ずらり……と並ぶあやしい薬。

 これが、清く正しく聖なる霊山の実態である。

 初めてのとんでもない茶番の夜に向け、ペルールは薬湯のお風呂に突っ込まれた。


 ひえええーー! どうしよう? ピエル! 


 ピエル。それは、ペルールの想い人である。

 お湯にじゃぷじゃぷ浸かりながらも、彼女は愛しい人を思い出していた。


(彼といっしょになりたくて嘘をついたのに!)


 根っから楽天的なペルールは、月病の年でないことがばれて、すぐに戻されるに決まっている……と思っていた。

 それで村を追われるくらいの恥とされるなら、彼といっしょに逃げればいい。そう考えて、霊山に来てからも楽観視していたのだ。


(何で? 何で私の嘘がばれないのよ!)


 ここに来て、ペルールは一気に悲観的になった。

 まず、見知らぬ人との初体験。当然、苦しいうえに、体も準備が整っていないとすれば、さらに苦痛は増すだろう。

 しかも、月病でないということがばれなければ、その夜は何回も続く。さらに、当然子供が出来ず。そうなると、祈り所という闇に籠って時を待つことになる。

 その次に子供が出来たとしても、産んだ後、半年は霊山に籠り……。


(ぎゃあああ! 何年、ここにいなきゃならないの?)


 しかも、ピエルは普通の人じゃない。ペルールが側にいなければ……。


 ああ! 嘘をついた私が悪いのね!

 心を入れかえ、真実を話すから、許して!


「嘘をついてごめんなさい! 正直に言います、正直に!」

「いいえ、正直はいけません!」

「はあ?」

 ばしゃ! とお湯につっこまれる。

「最高神官には、余計なことを言ってはなりません!」


 ――いっーたーいー、どーゆーことなのよおおーー!


 ペルールは悲鳴を上げたかった。

 ところがどっこい、声が出ない。

 どうやら暗示を掛けられたらしい。子供でも出来る単純なものだったが、それを自力で解くほど、ペルールは能力がなかった。

 黒い壁に囲まれた八角の部屋に押し込まれ、ペルールは自分の愚かさに涙したのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る