巫女姫ぺルール
巫女姫ぺルール・1
――選ばれてしまった?
まさかでしょう? と、ペルールは思った。
思わず、汗が出てきてしまった。
二の村の暗い祈り所で、ペルールは数人の巫女姫候補といっしょに並んでいた。
少女たちは、キラキラと精一杯光り輝いて目立とうとしていた。だが、ペルールは無駄な努力はしなかった。
真新しい絹に衣装を身に纏う少女たちの中で、ペルールだけが洗いざらしの白い木綿の衣装だった。
絹を着れば、少しはムテらしい能力も映えて、銀に光り輝いたことだろうが、ペルールの家は貧乏だったし、回りも貧乏なので寄付も集まらなかった。
それでも頭を下げて頼み込めば、金が集まったかも知れない。だが、ペルールが選ばれる可能性は万にひとつもないので、彼女は下手な借りを作るつもりもなかった。
何で自分が最終選考まで残ったのか、首を傾げる有様だったのだ。
だが、確かに最高神官は、自分のほうをまっすぐに向き、「その人で」と言った。
次に神官が側に来て「あなたが巫女姫として選ばれました」と告げた。
思わず、えー! と叫んで、ひんしゅくを買ってしまった。
――困ったことになったわ!
栃の村は、ムテの辺境に属する。
しかも、おもだった産業がなく、貧乏な村だった。
一度も巫女姫が選ばれたことはない。だいたい、祈り所すらない村であり、神官もいない。巫女姫候補を出すなんて、誰も考えたことがなかった。
ところが数年前、近くの蜜の村の少女が巫女姫に選ばれた。すると、近隣の村々からお祝いが集まり、その家は大金持ちになったのだ、と噂が流れた。
以来、村は月病の年を向かえた巫女姫候補の女性の名簿を出すようになったのだ。
ペルールは宿屋の娘である。
どう見てもただの凡人である。得意技は、エールを上手に泡を残して注げること。ジョッキを七つ、一気に運べること。さらに一気に飲めることである。あとは、少し器量よしなところか。宿屋の看板娘であった。
とある理由で追い込まれ、彼女は悪いことをした。
こっそりズルをし、月病の年でもないのに、巫女姫候補の名簿に名前を書き込んだ。
まさか、その嘘名簿が本当に通用してしまい、しかも、二次も三次も通過して、最終選考までいくとは思わなかったのだ。
村をあげての大騒ぎになった。
それはそうだ。最終選考に残っただけでも、良血を示したことになる。これだけでも充分な名誉である。
しかも、最高神官を拝むことができるのだ。
一般人が最高神官に会おうと思えば、年に一度の祈りの儀式に行くしかない。辺境の村から行くのは大変だし、仕事は休めない。特にその時期、祈りの儀式を目指す人たちの中継地点になる栃の村は、かき入れ時というものだ。
どうせ、ズルなんだから、選ばれない。
ならば、この幸運に開き直ってしまおう。一生に一度、最高神官を拝んできましょう……と、軽い気持ちでいたのに。
ペルールは困惑した。
――い、いったい、どういうことなのよ!
「サリサ様、いったいどういう事なのです?」
名簿係があきれていう。
霊山、最高神官の居室でのこと。
サリサは、読書に没頭しているのか、名簿係には目もくれず、ぼそっと答えただけだった。
「だから……今年は選べるような人がいないと言ったでしょう? なのに、選べ……と言うから、一番、器量よしで性格が素直そうな人を選んだのです」
これは、いいかげんな選択といっていい。
「やる気があるのですか? サリサ様」
「ありません」
読んだのか、読んでいないのかわからないページがめくられた。
「ないのはわかりますが、そのような態度では……」
名簿係は厳しい顔をした。
最近の最高神官は、以前よりも正直になってしまった。かつては、もう少し自分を取り繕い、体裁を整えてくれたものなのだが。
他の仕事はきっちりこなすのだが、巫女姫選考の話になると、不機嫌をあらわにする。時に子供のようにあやさねばならないのだから、困ってしまう。
原因はわかる。
彼は、精神的な支えを失っている。その原因が、巫女制度にあるからだ。制度自体、彼は心から憎んでいて、認めたくないのだ。
エリザが去って以来。
そして、彼女がラウルと一の村で暮らし始めてからはもっとひどい。
何度もしつこい質問に、ついにサリサは本をバタンと勢いよく閉じ、立ち上がった。
「このひどい名簿から誰を選んでもいっしょです! ならば、私の気持ちにさわらない人を選ぶのが、一番いい方法です!」
名簿が机に叩き付けられ、ひらひらと数枚が床に落ちた。
苛々と、仕え人を怒鳴り飛ばすなんて、今までの彼にはなかったことだ。しかも、物にも八つ当たりである。
眉間に皺を寄せ、怒鳴られてしまうと、名簿係も納得するしかない。
確かに、今年は選べる人がいなかった。
だが、今年、学び舎で神官の権利を得られた者はいなかった。ムテは動揺していた。こういった動揺は、祈りの力を強く必要とする。結局は、最高神官の寿命に影響を及ぼすこととなる。
だから、せめて霊山の巫女姫だけは、きちんと選ぶ必要があった。
――ムテは、まだまだ滅びから遠いに違いない。
巫女姫が選ばれたら、民人は安堵する。
その事情を最高神官だって知っている。そして、自分がいかに子供っぽく、らしくないことをしているのかも、よく知っているのだ。
本来、サリサは覇気が足りないほど穏やかな性格である。激情が去った後、彼は必ず後悔し、眉をひそめるのが常。今回もそうだった。
「……怒鳴って申し訳ありません。でも、この女性だけだったのですよ。自分を能力以上に見せようとせず、自然体だった人は」
確かに、あとの女性はひどい。
村の期待を背負っているから、どうしても選ばれたいという気持ちはわかる。
だが、宝玉を忍ばせて力あるように見せて輝いてみたり、一時的に力を増強する薬を飲んでいたり、とにかくギラギラさせているのだ。
そのようなことを見抜けない最高神官ではない。
どうも自分が良血だと思っている者は、性格が歪んでしまうようだ。やることがせこすぎる。
「だからといって……一番どうしようもない方を選ぶなんて……。この先、思いやられます。だいたい、選ばれたほうがかわいそうです」
確かに、ペルールという女性は、エリザに輪をかけて能力が足りなさそうだ。
それに、エリザの場合は、選んだときが幼すぎたために、力が不足していただけである。ペルールはそれなりに成熟していて、成長による上乗せは皆無だろう。
「……選ばれなかったものと思って、期待しなければいいのです」
それしか方法はないじゃないか――とでも言いたげに、最高神官はため息をついた。
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