いい加減な性格の人は追放される街
ちびまるフォイ
誰よりも人間らしい場所
精密な町の全景は美しい正方形でできている。
「すごいな……ありとあらゆるものが精密にできている。
この町に手抜きなんて言葉はないんだろうな」
町を歩いていても、街並みはすべて整えられている。
歩く人々の歩幅とスピードも常に一定。
『まもなく、1番線に 12時40分00秒00発の電車が参ります。
白線の後ろ、1m20cmまでお下がりください』
電車のホームで聞こえるアナウンスも精密さが透けて見える。
並んでいる人はきっかり1m20cm下がって待っている。
前の人との列の幅もきっかり同じ。
「ああ、やっぱり引っ越してきてよかった。
この町にいれば自分のペースを乱されることなく過ごせるぞ」
俺がこの町に引っ越してきたのもそれが原因だった。
常にスケジュールと時間管理を欠かせない性格のため、
他人によって遅れたりするのが許せなかった。
「ははは。なにお上品に並んでやがるんだぁ」
ふと、顔を上げると赤ら顔のおっさんが列を無視して割り込んでいった。
「お? 何も言えないのか? このロボット人間どもめ。
いいかぁ、ルールってのは破られるためにあるんだよぉ。
ルールだのマナーだのにしばられてる奴ぁ、大成しねぇんだよ」
誰ひとり相手にしていない。
精密な町では自分のペースを乱されることはない。
すると、おっさんが割り込んでからきっかり1分後に精密警察がやってきた。
「12時42分00秒00 精密ルール違反で逮捕する!」
おっさんは消えていった。
この町ではすべて精密かつ迅速にすべてが処理される。
自分のペースを乱したり、他人のペースを乱したりすると逮捕されてしまう。
そんなキッチリかっちりした町での生活も1か月が過ぎようとしていた。
「お待ちどうさま。こちら、ご注文のコーヒーです。
ご指示通りのミルクは3mm、砂糖は3gとなっています」
「ありがとう」
店員が去ると、友達は気味悪がるような顔で尋ねた。
「お前、よくこんな町で生活できるよな……」
「そう? 仕事はすべて定時きっかり00秒に終わるし、
コンビニの品ぞろえも、常に必要な人数ぴったりで売り切れはないし
交通機関は1秒も遅れないし最高じゃないか」
「でも、ごみの分別間違っただけで逮捕なんだろ?
リスキーすぎるだろ。人間なんだしミスは避けられないし……」
「ああ、それは大丈夫。精密コンタクトがあるから」
「は?」
コンタクトの空き容器をテーブルに置いて見せた。
「これはこの町で支給されている精密コンタクトなんだ。
中に透明なコンピューターが入っていて、
ゴミの分別から歩くスピードまで管理してナビしてくれるよ」
「それでこの町の人はみんな精密なままなのか……。
でも、人間が操られてるみたいでなんかイヤだな」
「ふふ、俺は人間に邪魔されるくらいなら、機械に操られるよ。
っと、時間だ。15時00秒00、そろそろ帰ろう」
友達と別れを済ませてカフェを出た。
最初は精密な町で生活できるか不安だったけれど、今はもう大丈夫。
むしろ、すべての予定が時間ぴったりに行われる快適さを痛感している。
「さて、一番ぴったりな帰り道はっと……」
電車の乗り継ぎをコンタクトにナビさせる。
その時、コンタクトがぼろりと外れてしまった。
「あ、しまった!」
慌てて地面を四つん這いになって探すが見つからない。
「くそっ、このまま探したいけど、モタついたらスケジュールが遅れる。
ペースを乱すわけにはいかない……。機械なしでやるしか……」
今日の予定はすでに入力ずみ。
コンタクトを根気強く探して見つけたとしても予定に遅れるわけにはいかない。
「よ、よし。同じ歩幅で……同じ歩幅で……」
慎重に足を進める。
目的地への到着は早すぎても遅すぎてもダメ。時間ぴったりでないと。
機械のナビなしでいけるのだろうか。
体内時計だけでストップウォッチの数字をぴったりにするような感覚。
でも、俺にはこの町で過ごしてきた「感覚」を頼るしかない。
早すぎず遅すぎず、息を乱さず、常に一定のペースとルートで先に進む。
「精密警察が来てないってことは……大丈夫なのか。
人間の慣れって本当にすごいな」
一流の職人は定規なしに直線を描いたりするけれどそのたぐいかもしれない。
毎日の精密生活が骨身に浸透して、機械に頼らずに行動できるんだ。
スペアコンタクトを貸し出している場所が見えてくる。
「やった! あそこまで行けば、スペアを貸してもらえるぞ!」
ペースを乱さずに向かって橋にさしかかったときだった。
なにかはねるような音が聞こえる。
「なんだ……?」
橋の欄干から軽くのぞいてみると、川の中に人影が見える。
明らかにおぼれているのがわかった。
「ど、どうしよう……助けにいけば確実に予定が崩れる……。
せっかく今までペースを守ってきたのに、ここで動いたら……ああ」
ぐるぐると頭の中で考えがめぐる。
周りに人もいないので通り過ぎても咎められないだろう。
――でも、もし逆の立場だったら?
「うおおおお!! 精密なんてしったことかぁぁぁ!!」
俺は服を脱いで川へダイブした。
まるで好きな球団が優勝したときのように。
川の中にはすでに子供が意識を失って沈みかけていた。
沈んだ体を持ち上げて川岸へと運んだ。
「はぁっ……はぁっ……やった、やったぞ……。
ああ、でも……スケジュールが全部台無しだ……」
浮かない気持ちで橋を見上げると、たくさんの人が拍手を送っていた。
「すばらしい!」
「よくやった!」
「君は最高だ!」
それを見て、やっぱりこの町にいるのは人間なんだなと思った。
どんなに時間ぴったりでも、常に同じペースでロボットに見えたとしても。
こうして人命救助には心を打たれるし、スケジュールが乱れてもなお賛辞を送れる。
「みんな、ありがとう!!」
俺はうれしくなって手を振った。
この町にいる人は、ロボットのように見えて、誰よりも人間らしい人たちなんだ。
本当にこの町に引っ越してきてよかった。
「おい見てたか。窒息の最後の瞬間ぴったりに救助したぞ!」
「なんて時間ぴったりでギリギリな人命救助なんだ!」
「すばらしい! 感動したよ! 君こそ、この町の鏡だ!!」
1分00秒00後、すべての拍手がやんでギャラリーは去っていった
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