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 第三者により強引で過激な後押しが無意識に行われたノア達が、よくわからないまま午前の講義を受けに行った頃。

 同時刻、王都の癒術院にはかつてそこで役目を勤めていたラム・ダストアの姿が存在していた。


「ああ、先輩。お待ちしていましたよ、連絡頂いた症例患者の過去データです」

「すまんな、久しぶりに来たってのに急かしちまって」

「ほんとですよ!ただでさえ先輩が王様からスカウトされたって言うんだから、回ってくる仕事量捌くのに慣れるのが大変で」


 でもまさか先輩が先生やるなんてなあ、そう微笑ましそうにラムを見ながらその癒術師は手元の資料が入ったファイルを手渡してくる。ラムにとっては元部下の彼と、今度は教師としての立場も含めて会いに来た目的はこれだ。

 手渡されたファイルに早速目を通した、速読を得意とするラムにとってはこう言った際に普通の人間と比べ無駄にする時間を省ける。文字列を右から左へ追って瞬時に読み込むと同時に、前日に連絡を取ったばかりだと言うのにここまでしっかりとまとめられていることに驚いた。苦労かけたな、労いの言葉を出せば、先輩に仕事取られるよりはマシでしょうよと苦笑いされる。その表情には、過去にラムと積み重ねて来た苦労が滲み出ている気がした。


 ここに戻ると、少し前のことを思い出す。ここを出て行く際の引き継ぎは慌ただしく、また、ラムが多くの役割を担っていたこともあってか業務内容の分担にも指導にも四苦八苦した。その量たるや、たった一人でどれだけブラック操業してたんですかと部下全員から怒鳴られ、過労死しなくてよかったと上司からも半泣きになり囲まれた程で。一応癒術院の顔として推されるくらいに一番優秀だと言われていた分、出来る仕事はどんどん自分が行なって他の皆が円滑に進めるようにすべきだな、等の思考に陥った為、それを不自然とも思わずに仕事に打ち込んでいた。癒術院での労働は自分の魔法とも相性が良く、人と接することも好きであったラムはこの職を天職だと思い、日々患者の為に働き詰めになることこそが一番の楽しみだと心に染みていたのだ。

 今冷静な状態で当時を考えると完全にワーカーズ・ハイとワーカーホリックを併発していた以外の何でもない、癒術師の不摂生を体現したのがラム・ダストアであったと言う恥じらいの記憶。教師としてリドミナへ再就職することになった際も、せめてしっかり休めるようにしてくれと王城からの使者に対してラム以上に喋って嘆願していたのは今目の前にいる部下だった。


「それにしても、いきなりどうされたんですか?魔力器官に異常が見られる症例だけまとめ上げてくれ、なんて」

「なに、教え子の一人にそう言う傾向が見られてなあ。癒術師としちゃ、動かんわけにはいかんだろ」

「え…?そ、それは…その子、相当辛いでしょうね。リドミナって優秀な生徒が多いって聞きますし、周りについて行けなくなるとストレスになるでしょうに」

「おまけに一時的な転校生とか言う期限付きでよ、時間がねえ」


 ファイルにまとめられた患者の情報は、全員がほぼ似通った症状であったことを認めている。そう、元部下が今口にしたように…ラムが視線を落とした物は体内の魔力器官に異常が確認されたカルテ群だ。

 …やはりこの癒術院でも見当たらなかったレベルの症例だったと確認し終えてから、ラムは一人の教え子の容体を案じた。教師としての準備を終え、実際に教壇へ立つようになってからまだ三日目であると言うのに、授業を担当したクラスにいた生徒がよりにもよって目が離せない程の爆弾を抱えていたのだから。ワーカーホリック気質のラムにとっては必然であったのか何なのか、ともかく職業柄としても大人としても、無茶を続けていくことが簡単に予想出来る子供を止めたいと思うのは当然か。

 実技授業を通して見た、七年生のⅠクラスの一時的な転校生徒であるノア・マヒーザと言う濃紺の色を持つ青年。登校許可証発行の際に身分を示す書類以外で共に提出されたのは、この癒術院での簡易問診結果であった。


(そりゃ、個人で診断に来て真っ先に重症を疑った検査受けるとか、発想がまず無いだろうしな)


 今現在、癒術院側と信頼関係があるからこそ、教師であり癒術師であると言う側面を利用し好意でここへ出入りを続けさせて貰ってはいるものの。本来ならば職を辞した者に、こう言った重要事項である個人情報の受け渡しなど信じられない行為である。

 であるからして今日の名目は、健康診断のみでは判明しない症状の疑いが該当生徒にある為、学園の癒術師として王から許可を得た上で相談に来た、と言うことになっている。本当に、学園から推奨されている癒術院が元職場で良かったと安堵していた。口実をうまく作るのに役立つ。

 理由一つ考えるにも何とも複雑にするしか無いのだが、実際ノアはあまりに複雑すぎる環境も相まってこちらまで焦りそうだ。


「ちょっと、前使ってたデスク借りてもいいか?あとこの生徒が簡易診断した際の記録も見たい、癒術学会の論文にされた事例にも似たのが二つほどあった気がするんだよな…それもチェックしておきたいからアクセスさせてくれ。閲覧権限、今は俺には無えからなあ」

「あの。先輩。まさかとは思いますがそれ全部午前でまとめて終わらせる気です?」

「ったりめーだろ。半休だけしか取ってねえんだ、可能なら今日中にでも少しは本人に話さねえと。まあ俺なら終わらせられる」

「…………性懲りも無く無茶してるって、皆にチクりますからね」

「お小言ならスケジュールきちんと組んだ上で俺に打診してくれな」

「先輩ほんとそう言うところですよ、マジで過労死しないで下さいよ?せっかく学園改革した、って言った直後に死ぬとか先生どころか野生の疫病神ですからね」


 何とも言い返し辛い。気まずそうに言葉に詰まりながらも、手元は勝手に作業へと向かう。この職業病が治る日は一生来ないのでは無いかと、軽く諦めた。

 …少し前に辞めたばかりだが、薬草の香りが染み込んだこの建造物で働いた過去はやはり簡単に忘れることなど出来ない。ここで今までの人生を費やして来たのだ、教師として異例の抜擢を王国の王本人からされたとて、かつては自分の全てだった居場所。だからこそパフォーマンスが向上していきそうな自信まで感じる。

 教師生活を始めてまだ三日目だと言うのに。半休を早速使い癒術院まで足を運んだのだから、何の意味も成さず等となりはしないだろう。今も昔もラムの目指すことは、人を癒し治すこと。人の未来を広げる助力をすること。


(こう言う時の俺のしつこさ、絶対嫌われそうなんだよな)


 家族との面談も視野に入れねばなるまいと、症状を告げた後のアフターケアも考えつつ。ラムは書類に目を通す。

 一人の大人として、教師として、癒術師として。助けたい対象がまた増えたと奮起しながら。

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