83
青年の、鎖の重量が繋ぐ両手の中には小さな水晶が浮かんでいた。人工的な輝きを持つその水晶からは、宙に向かって自発的に出した光が伸びている。地球で言う映写機のように、空中へと投影された画面の中では映像が鮮明に動き話していた。
ーー……僕達、なんとなくだけどここで良い友人になれそうだねえ、スオウくん
ーー遺憾の意しかねえ…が、アンタの引っ掻き回しには面白みはありそうだ
それは、昼の刻。大食堂にて進んでいた、とある者達の時を切り取って再生している。
濃紺の色を持つ、七年の転校生ノア・マヒーザ。それと対比になる蘇芳色の、四年の編入生スオウ・カザルム。共々の隣にいるのは、彼等二人にとってかけがえの無い女生徒である。七年のエリーゼ・リース……いや、もうエリーゼ・マヒーザであったのだったか。それと四年の編入生、ヒイロ・ライラックが談笑する姿を止めること無く流し続ける水晶。まさか当人達は、この会話が起こっている間中に盗撮、盗聴と言った真似をされているとは思わないだろう。けれど、これは完全なる悪意で以て成されたことでは無く……情報や動向を得る為に必要な行為なのだから。致し方なしと言うことだ。
その映像をうっとりと見つめていたニアは、彼等の会話を聞き続ける傍らで。今目の前に座る人物との対話も続けていた。
「…お前が覗き見する程の価値が彼奴にあるのか?友よ」
「少しの間だけだとしても、僕の監督するクラスの一員になるわけだからね。知っておける範囲では知っておきたいだけだよ」
「ふん。…ニア、お前が何の理由も無しにそこまで個人に入れ込むなど俺には考えにくいな」
「まあ、君には言い訳は通じないって分かってはいたけどね。ふふ、正解さ、…僕の監督範囲と言うのも確かにあるけれど。僕の師から、彼を…ノアくんを気にしてやってくれと頼まれたのが大きいよ」
「お前の師、と言うと……」
「そう、ロジー様」
午前中の実戦授業から時も過ぎ、放課後。校内活動で残る生徒以外は素直に下校して行くこの時間に、七年の監督生であるニアとセリュアスの姿は人気も無くなった食堂の端にあった。二人が座り囲むのは、書きかけの書類数枚、先程注文した筈の飲み物の氷が先に溶ける程、作業と話に時間が費やされていたらしい。
「これ、午前のうちから透明化してノアくんにくっつけておいたんだ」
「ほぼ初対面の時じゃあないか、そんなに早く指示を貰っていたのか?」
「……ロジー様も、ノアくんのことを知ったのはつい最近っておっしゃられていたから、気になる点は相当あるんだけどね。でも、伏せておきたいことがあるならそこまで掘り返したいとは僕も思わないし」
親しげに話す二人の空気間には、ひりついたものがひとつも感じられはしない。脱力しているというわけでは無いが、ここにしか無い信頼が互いをリラックスさせているのだろうと感じられる。友、と呼び合う度にその言霊でより強固に間柄が縮まっているのではないだろうか。
ペンを置き、少し一息つくついでに面白いものを見せてあげる、とニアが言って見せてきた記録用水晶の映像はなかなかに近距離で撮られていた。白昼堂々と盗撮を行なっていたなど、面倒ごとを起こしたくない者達が聞けば卒倒してもおかしくは無いが。平然とそれをやってのけたあたり、その行動は面倒には繋がらないことを確信して踏み切ったのだろう。
このニアが考え無しに適当に行動することはあり得ない、セリュアスは親友として彼の在り方を肯定し、信用しているのだから。
「…あまり、気にはするな。あの悪女の卑劣な行いは、よりにもよって俺もお前も校内にいなかった際に行われたのだ。それを、全てがお前の監督不行き届きだと責めた教師陣も、今は処分された。誰が、学内であんな悲惨なことが起きると予想出来る?…微塵も、お前が責任を感じることなど無い、」
真に責任を負うべきは、成すことが悪だと知っていながら実行に移した方にある。
…セリュアスが続けた言葉に、少しの沈黙の後。ありがとう、とニアが返していた。
「大丈夫さ。あの時はロジー様も僕の為に怒って下さった、君からも心配して貰えた。それだけでも役得だと思ったものだよ」
「お前は平気な顔をして無理を通す、…その点も信じているのでな」
「それに関しては君も人のこと言えないだろう、平然と背負い混んで無茶をするんだから」
呪詛を吐きたいのは、愛する人を傷つけられた君の方だろうに。こんな時にまで、彼女ではなくニアのことを心配するのだから。お人好しなのか何なのか。
和らぐ表情に、微笑みが浮かぶ。それから二人は、記載事項を整えたペンの動きを止め、書類をまとめて揃えていた。
学外奉仕活動記録、と書かれた書類群は。学園にいる身で働く生徒にのみ許された証明書を持つ者だけが使える類の物だ。例の事件、次いで休校、教師陣の大幅な入れ替えという学園改革が成された時も二人して仕事に追われていて。ニアに至っては、休暇の終了日に重要な奉仕活動の終了日を合わせていたと言うのに。突然の休暇期間の変更により、休暇明けの復帰が今日の実戦授業の途中となってしまった。急いで学園に来た為、まだ活動記録も書き途中だったらしい。それを今ここで済ませていたと言うわけだ。
午後の授業も終わってから、七年監督生達の臨時的な会議を終えて二人はここにいる。帰る前に終わらせておきたいんだ、と言ったニアに合わせるように持ってきた別の書類仕事をこなすセリュアスの姿は、どこから見ても友人思いの好青年である。
「君が、理性的な人で良かったと本当に思うよ。……エリーゼくんに関わらないでくれてありがとう、セリュアス」
「大人気ないことに、本能が嫌悪しているだけに過ぎん。我儘をそんな風に褒められるのは御免だ。……それに、今日の勝負は俺が負けたろう。お前の望むことに耳を傾けざるを得まい」
「あはは、素直。…いや、本当に感謝しているよ。僕が愛するクラスだ、こんな僕を受け入れて信頼してくれているクラスなんだ。だから、僕の手で少しでも導いて、救ってあげたいと思う。そこに善悪関係無くね、」
「お前は本当に、人が良すぎるぞ、」
「どっちの台詞なんだか、」
過干渉は良くないからね、
そう言って、互いのクラスだけに目を向けろ、とどちらからともなく言い出してはいたのだが。
どうせこいつのことなのだから世話をどこでも焼くのだろうな、と言う感情が、二人して苦笑した顔に書いていた。
「…そう言えば、お前、先程ダストア先生に呼び出されていた件は何だったのだ?」
「ああ、あれ。また凄い人に目をつけられちゃったな、と言う感じでね…。まあ、対処は僕でも出来ると思うんだけど。何度もこちらから断りを入れてるのに、エリーゼくんを寄越せってギルドがいてさ、………」
足音と、声が遠くに消えて行く。
止むことの無い会話は、監督生達の苦労がまだ絶えないことを予兆していた。
こうしてエリーゼ・マヒーザの復帰二日目は騒がしく終わる。離れた点が、幾つか線で繋がれた図はまだまだ拡大していくだろう。
注視されるべき人間として挙がったノア・マヒーザの名。果たして彼が目指した通りに視線を集められたのか、ただ、望んでいる結果に向かっている彼としては幸先の良い展開だったに違いない。今言えることは、きっとそれだけだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます