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「はっはっは!!すげえなアンタ、初対面でいきなり頭狙いとか殺意高くねぇか!」

「何と言うかもう、速攻で終わらせたいって気しかしなかったから……」

「子犬は開幕四秒の対人戦新記録だそうだ」

「は!?マジかよ、お貴族様の記録もアンタに抜かれる程度じゃたいしたことなかったんだなあ!見学でもしておけば良かった!」

「スオウ、性格悪いよお……」


 話題がツボにはまったのか、腹を抱えて笑いだすスオウの瞳には笑い過ぎが原因で浮かんできた涙まで見える。スオウの貴族嫌いがいかほどかと言うのをはっきり見せつけてくれていて、いっそ清々しいくらいだと思う。

 …当初こそ、騒動の被害者と加害者が仲睦まじく談話している様をありありとアピールする目的も含んだ大食堂での会話だったが。今日の実技での演習内容を僕から聞きたがったスオウにあわせて、こちらまで口数が多くなっていき、自然に溶け込めた感じもする。……これが、学校の、友達…という感覚でいいのだろうか。何だか、胸の中からあたたまっていくような、少しくすぐったいような気持ちだ。


「アンタだったら何かしらやらかしそうだと思ったからな、想像以上で腹が、腹がいてえ、ひっ、ひ、」


 これじゃあバトラトンもギエルももうヒイロの前でカッコつかねえな、とひとしきり笑い終わり。あー面白え、とようやく爆笑具合を引っ込ませたスオウだったが、彼の口から出た他のキャラクターの名前に加えて更に追い討ちをかけるような予想が次の言葉に繋げられ、内心僕は冷や汗ものであった。


「アンタ、面倒な男共相手にまとめて大喧嘩ふっかけたな。度胸ありすぎだろ。くく、ポッと出のアンタに、実戦記録たった一回で追い越されるとか、成績いい奴のお株簡単に奪っちまいやがって、」


 本来の弱さを悟られぬよう、ハッタリと根性だけで何とか体裁を繕う無茶苦茶な立ち回りで 悪目立ちの大目立ちを成功させたはいいが。偶然か必然か、自分でとんでもないフラグを立ててしまったことをスオウやヒイロの反応を見ながら感じ取り、どちらにせよいつだって背水の陣なんだと吹っ切れた。


 スオウの危惧する事態と言うのは、バトラトンやギエルと言う、アプリ内初期実装のメイン攻略対象達から目の敵にされかねないと言う展開。ハードルがハードルの枠を越えて最早塔のレベルになるのを感じる、生きながら少しずつ水へ沈められる心地に近い。


 侯爵令息のセリュアス・バトラトン。

 男爵令息のアジム・ギエル。


 彼らはアプリ内では最初期から実装されている、ヒイロを巡って恋路を駆ける、いわばヒイロ関連の王道カプと呼ばれる攻略対象のうちの二人だ。バトラトンに関してはリース家より爵位が上と言うこともあり、断罪事件に関してと言う枠では僕が勝手に警戒していると言うのもあるのだが……。


 まずセリュアス・バトラトンは水晶の貴公子との異名を持つ青年で、戦い方がとにかく美しい。代々家に伝わる水晶魔法の使い手で学生とは思えない強さを宿す生徒の一角だ。身の振り方ひとつから心の在り方まで全てが美しく立派で、剣を持たぬ水晶の騎士とさえ一部からは崇められている程学内でも人気が高い。ヒイロにリドミナへの編入を促した張本人で、慈愛のマトゥエルサートでヒイロの物語が始まるきっかけを作った超重要キャラクター。

 隣のエリーゼから聞くに、先程の授業でもバトラトン本人はいたらしい。僕とヘイリーの直後にニアと実技を行ったのだとも。その頃僕はと言えばグロッキー状態で、なんならエリーゼの隣で少しの間意識も失っていたくらいの情けない姿をしていた。まさか、そんな状態の時にバトラトンの姿があったとは。驚きと恐怖が混じり合う、あれほど大多数に向けて煽りを飛ばす結果になった際、あの場にバトラトンがいたと言うのに何も起こらなかったと言うのは彼の騎士道にも似た紳士的な精神のお陰なのだろうか。

 あそこにバトラトンがいたと言う意識も無く視線を集めようとしていた僕は、よく半殺しにもされなかったものだと溜息まで出る。セリュアス・バトラトンはその歳にしてはあまりに達観している側面を見せることが多い、外に見せたくない顔は徹底的に内側にしまい込み、皆の理想のまま働きかけることが出来る人格者。だが、ヒイロにかける思いだけは人一倍強い。

 ヒイロを殺しかけた悪女が戻って来て、その新しい男が好き勝手言いながら悪女を大切にしている様を見せつけられたと同義だろうに、よくもまあ我慢出来たものだ。授業内はともかく、授業終了後に視覚の外から数発貰っても仕方ないくらい、僕の台詞の全てはヒイロを愛する者達の癪に触るだろうに。


「肝には命じておくよ、今もこうして彼等の大好きなヒイロちゃんと食卓を共にしているわけだからね。むしろ危険があると勘違いしてくれた方が都合もいいし」

「へえ。アンタ意外と動揺しねえのな」

「もうそんな段階かっとばされた気分だよ、何かがあったとしてもなんとかする。それだけのことですしねぇ」

「流石、その女といるだけはあるな?ま、お節介だが、バトラトンの方はそんなに危険じゃねえ。人前でキレるとかいうことやらかしたのを見たことはねえからな。……それより、アンタにぶっ込んで来る可能性高えのはギエルって奴の方だぜ」


 そこなんだよなあ!心の中でだけ叫んで、顔には絶対に出さない。

 アジム・ギエルに関する記憶を懸命に引っ張り出したところでただ確実に簡潔に言えるのは彼が”戦闘狂”と言う点だろうか。当然そんな性質の者にぶっこまれるのは非常に困る。本域の戦闘訓練を受けている彼相手に目を付けられては農家の次男坊は字面から敗北が決定してしまうじゃないか。

 …男爵令息であるギエルは、攻撃的な性格をしている所謂俺様クール系キャラクターで戦闘力に全振りされたステータスを持っていた。戦闘が必要な場面では頭脳が発達するがそれ以外では抜けているところも多いと言う、分かりやすいギャップの持ち主だ。爵位持ちではあるものの一族の全員が戦闘大好きであるが故に、他国で傭兵紛いのことをやる魔術師や戦闘を必要とするギルドに親族が多数所属すると言う、乙女ゲームと言う要素の中では「出てくるゲームを間違えた」と言わんばかりの極端な設定。

 彼はヒイロと学園で出会い学外任務課題を数こなすまでは全く仲もよくならなかった立ち位置で、初期はヒイロを弱くて任務には邪魔な存在だと毛嫌いしていた節があるが、任務中にヒイロから怪我を治して貰ったことをきっかけに紆余曲折ありながら信頼を構築していくと言う…そのタイプの少女マンガが好きな人にはたまらないタイプのキャラクター造詣をしている。


「そいつ、クソ厄介なことに強そうな奴にゃ喧嘩売って試すようなことよくしてるんだよ。…偶然でも、今んとこ最強の記録だったバトラトンより短い記録打ち出したなんてそいつの耳に知れたら、悲惨だろうな」


 スオウくん、君、僕のぐだりまくった姿見たことがあった上でそんなに楽しそうな顔しているんでしょう?性格ちょっと悪いぞ。悲惨、は妥当な予想だと思うけれどもさあ!


「…随分とその二人を過大評価してるようだけれど、ああ、もしかして。スオウくん、自分のこと二人より下だって思い込んでたりしないよね?」

「は!?ふざけんなよそうとは言ってねえだろうが!」


 スオウの意地の悪い対応に意地の悪い対応で返すとエリーゼがふっ、と笑った。待って下さい、今のそれ、それは予想外に笑ってしまったと言うやつですか。そんな柔らかい表情僕以外に見せないでほしいのですが。人のことを言えないスオウの返答ぶりにヒイロまでくすくすと笑い始めているし。

 ……いや、話してる最中に君もヒイロに見惚れてるのかい。僕もエリーゼに見惚れてたけど。本当、こうも親近感を抱くのが君で良かったと思う。


「……僕達、なんとなくだけどここで良い友人になれそうだねえ、スオウくん」

「遺憾の意しかねえ…が、アンタの引っ掻き回しには面白みはありそうだ」


 俺が貴族嫌いで本当に良かったなアンタ、とにやつきながら投げかけるスオウからは。そうではない僕には一目置いてやる、敵の敵は味方だと言う雰囲気を醸し出していた。

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