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「こっちに纏めて引き寄せるわ!一気に叩いて!!」

「離れろ!巻き込まれても知らねえぞ!」


 詠唱で紡がれた魔法達が所狭しと暴れまわる。

 轟音と共に木々ごと木っ端微塵にする女生徒の姿があれば、音も無く水晶体を氷漬けの柱へと変えていく男生徒の姿も見える。他クラスの状況を目にすればチームワークがしっかりと発揮されていて、一人独走状態と言う状況を作り出すことが逆に難しいのではとさえ感じた。同時に、エリーゼのクラスメイトが行いたかった理想的な敵の討伐像と言う姿も痛いほど分かる。今回ばかりは運が悪かったと思ってほしい。

 ……しかし、何と言うか。思考せねばならないことは他に多くあるのに、それらには目を向けずに一点に集中出来るのは。僕が単純に、今見るべきこととそうでないことを選ぶのが上手くいっただけなのか。もしくは……僕の目を引くあの存在感が、僕の嫌悪を強く強く引き出している為なのだろうか。


(ああ、まったくもって憎たらしい!)


 青筋を浮かべて睨みつけるようにしてしまう行為は、僕の醜さを余計に浮き彫りにしているだろう。風に揺れる金の髪、見る者が見ればきっと糸のようにしなやかで美しいと例えただろうに。あいにく、偏見で塗れた今の僕の瞳には燻んだ金色にしか見えない。いいや、金メッキで十分だろう。

 今日まで一度も姿を見たことも無く、今日まで彼を悪く言う情報しか手に入れてなかったからそちらに思考が染められた可能性も無くは無いのだけれど。僕が彼を好ましく思わない理由は「エリーゼを大切にしようとしなかった」…その一点だけで埋められる。故に、実際に姿を見てしまった今としては、怒りも憎悪も更に積み重なり確信に至る。ああ、この醜い感情に決して間違いは無かったのだと!


「楽しい顔をしているねぇ、子犬?」

「ええ、そうなんですよ。自分はもっと我慢出来る人間だと自惚れていたのですが」


 今僕達が見ているクラスに、それはいた。もう人の扱いを心の中でしてやるのも癪にさわる。あんな男、あれそれこれで表せる。人とはこんなにも簡単に、怒りで視界を濁せるものなのだと痛感した。


 ヘイリー・フィジィ。

 目下、僕の中で今一番胸糞悪く感じさせる男が演習に混じるそのクラスを見て。監督生に収められた周りがお行儀よくそれらの様子を見ている間、空気を読まずに品の無い野次を飛ばしてしまいそうな程。あれに関する不満をぶちまけたくて仕方がなくなっていた。

 よくもまあ、平然と学園に通えているものだ。靡く肩までの金髪に、その性根と真逆の輝きが宿っているのを見るだけでも気持ちが悪い。視認する限り、使っている魔法は風を司る類の物のようではあるが。……忌々しい!魔法を使いながらの立ち回りがただの美青年だ。無駄に外面だけはいいらしいが、とんでもない。何故屑男に限って顔は良いのか!男の風上にも置けぬ腐った奴だとスオウからの主観は伝えられていたが、見かけだけでも相当の物を与えられ、得てきたものも多いだろうと簡単に予想がつく。家の地位もある程度保証されていて、恵まれたもののうちの中にエリーゼと言う婚約者が在った筈なのに。エリーゼに価値すら感じずに信じられない言葉や態度ばかりを放ったその姿勢が一番受け入れられない。

 僕の荒れた感情だけで言おうか。あれは僕にとっての悪人だ。あれに脳の容量を使うなとエリーゼからも言われた筈だと言うのに、僕の勝手だけであの存在を今も許せていない。しばらく許すつもりは無いと以前にスオウの前で話はしたが、あの時以上に怒りが増しているのを感じる。

 何故あれに天誅が下っていないのか、お前が捨てた元婚約者が戻って来たというのに何の動きも見せず謝罪も無い。お前の双子の兄がどれだけの面持ちでお義兄様の元に現れたのか、その真意も知らないのだろう!


「血の気は取っておけ。後でアタクシに余興を見せる為のな」

「任せて下さい。何故だか、溢れても溢れても無くならない泉のように頭が沸騰し始めて来ましたから」


 何でこんなに苛立ちを覚えるのか。ここまで生理的な嫌悪感を抱いた存在などついぞ初めてかもしれない。同じ男として振る舞いが気にくわないのもあるけれど、何より一番嫌なのはあれが一時でもエリーゼの正式な婚約者だったと言う事実だ。あれが、エリーゼの断罪を引き起こすことになったきっかけの一つであると、既に僕は知っている。

 畜生、お前なんざメインストーリーじゃエリーゼ断罪イベントの際のテキストボックス上に「婚約者」とだけしか出ていなかったキャラデザすら皆無の群衆キャラクターだった癖して、命として生き始めた途端に何故そんなに恵まれた力や容姿や権力を持っているんだ?皆が皆、画像では無く一つの生命体として生きる現実のこの世界で、どうしてお前は僕の心にここまで爪を食い込ませて来るのか。


(落ち着け、冷静になれ僕、ここで理性的にならなきゃリース家にも恥をかかせることになるんだぞ)


 …ああ、僕って、こんなにも、情緒が不安定だったんだ。欠点が結構ある人間だと自覚はしていたが、ここに来てこれはでかすぎる欠陥なのでは?

 なんということだろう、存在の全てをここまで否定してやりたいとさえ思うのはこの人生で初めてだ。これが、俗に言う男の嫉妬、なのか。前世の僕では全く分からなかった、男と言う体と心で無ければ生まれない深い暗い嫉妬心。それにしては相当野蛮な気もする。今の僕を引きずるのは、ひどく子供染みた嫉妬心と、エリーゼに対する独占欲。あれのことなんてちっとも考えたくは無いのに、エリーゼの周辺事情を考えると最近はどうしても勝手に頭に浮かんでしまう。

 坊主憎けりゃ袈裟まで憎い、の言葉にここまで同感出来るとは。何とも複雑な気分である。


「そうですね。とりあえず今日はもう、…早くあれの顔を見なくて済むようにしたいですね」

「奇遇だね、アタクシもさ」


 ゴロツキやチンピラのような思考に偏りつつある今の脳内を、自分でも認めたくない。ただ、今の自分に生まれた…と言うより、埋め込まれたような唐突な怒りの上昇を落ち着かせる為に着いた終点は、……僕自身で一度、「彼と衝突しなければ気が済まない」と言う、頑固で我儘な欲望。


 紺色の鬼が降臨するまで、あと数十分前の不穏な会話であった。


× × ×


「カナリア、」


 またちょっかいを出しているのかい、蕩けた砂糖のような優しい声は。この世に人として産まれた彼女の耳に一番馴染む声だ。

 何より黒く、何より美しい。この女王の輝きでさえ飲み込める程の強さになるように。この女の横で揺らぐこと無い強さを永遠に魅せることが出来るように。この私が作り上げた、王の中の王。今は、管理者の顔でこの学園に腰を落ち着けている、そんな幕間の最中。


「男同士の諍いには、少しのエッセンスが無いとつまらないものよ。ふふ」


 大事な友達。私に臆することも無く、ただの鬱陶しい人間として扱ってくれる、数少ない可愛らしい存在。その子を守る番犬が、いつも行儀良いだけの優等生じゃあまりに起伏の無いつまらない展開ですもの。せっかく面白くなりそうな題材ばかりだと言うのに、牙を隠してばかりでは男なんてすぐ廃るもの。


「少し嫉妬を植え付けただけよ。すぐ元に戻るわ、大事なんてここでは起こさない」

「…君を姑役にしなければならないその子が大変だな。女神の気紛れには、僕くらいしか付き合えないだろうに」

「あら。貴方も嫉妬してくれるのね、ベニアーロ。可愛い人」


 君も夢中になると言う友人とやらを、そろそろ僕も新しく作るべきかな?なんて言って、貴方にしては反抗的な唇だわ。

 女神の気紛れ、それに振り回される側に責任はある。私と言う気紛れで愛らしく護られるべき儚げな女王に興味を持たれた方が悪いのよ。


 ーープレゼントのブレスレット、こちらから干渉するのにとっても楽な魔道具でしてよ?なんて、ね。



 野次馬女神の茶々入れは、場をかき乱すだけの力をまるで栞のように優雅な仕草で挟む形で行われた。

 読みかけの本を、好き勝手に改編する為の目印として。

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