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災厄が束の間の休憩場所にここを選んで来たとでも例えた方がいいのだろうか。
皮膚の下の内側まで焼け爛れていきそうなくらい、熱い。肌の表面に張り付くひりつく熱さに、呼吸の度水分まで奪われて乾きを誘発させる熱さ。熱、熱、熱、人生で一度たりとてこれ程の紅蓮を纏った景色を見たことがあるだろうか。
「嗚呼、…ッ!エリーゼ様、何と……何と、お麗しく……」
新緑に雷が落ちたかのようにして、それらの姿が一斉に炎を着ていく。
息をする度呼吸器に入り込む空気ですら、全てが全て、人を焼く熱さ。これが、ヒイロをかつて焼いた炎?それは、なんてなんてーー羨ましすぎることなんだろうか!
高笑いする彼女の声がすぐ側で聞こえる。こんなにも、こんなにも、彼女の恐ろしさが愛おしい。どんな側面でも、絶対に好きになる。それが僕の決めた運命だ。
演習課題の開幕直後、周囲を炎熱に巻き込んだ彼女の姿が。まるで、年相応にはしゃぐ少女のままの面影を持っているように見えて。その手でエネミーを次から次へと焼き払っていくエリーゼを目に、その背を追った。
……学年ごと、まずは組別での時間を競うとラムが言っていた。この施設のシステムから生成される、水晶体で出来た仮想敵。俗に言う魔物を模した形へと変化したそれらは大小様々な形を取って全方位に散らばっていく。組別対抗要素として、また、協調性を育む一環として行われるこの単元では生徒の側面を良く見られるらしい。
例えば情報伝達力。敵の位置や魔物の大きさ・特徴。それを何人で対処出来るのか。討伐か、捕獲か、瞬時に決定出来る判断力、作戦無しでただがむしゃらに突っ込むようでは後々お咎めを食らうだろう。つまり、まずはギルドへ入団した時の姿を想像しながら、組としてのチームワークを学ぶのがこの演習なのだ、が。
「っだあーーっ!!!伏せろっ!伏せろぉおっ!!後方!!エリーゼが来てるぞっ!!」
「丸焼きになりたくないなら障壁張れーーっ!!熱源がやばい!!」
「クソッタレーー!!多人数チームワーク演習だってんだろがーー!」
……阿鼻叫喚の地獄絵図。
炎の嵐、どころでは無い。地から空に向かって竜巻のような火柱がドォン、ドォンと鼓膜をいたぶる大きな音を立ててその箇所を燃やし尽くしてはまた新たに火の手が上がる。それは、終わりの見えない悪夢に僕達全員が差し掛かったように。
まるで水晶体が自ら勝手に発火したかのように勘違いさせる程、無慈悲で恐ろしい正確さで標的は彼女の炎に飲み込まれてどんどんと消えていく。それこそ、炭すら残さず。
舞い上がる炎は、演練の趣旨を無視して敵も味方も巻き込んでいく砲台のように狙いを定めて。誰であろうと何であろうと、燃やされ溶かされ消えていく。逃げなければ、それを受け入れたと肯定されてしまう圧が、ある。
「――汝、我が本能の化身也。我を讃えし姿と成りて我が道に異形の祝福を。我が悪逆の限りに果ては無く、有象無象に冥府の恵みを与え給え――」
炎を産み出す中心部に立つのは、彼女だった。
一歩一歩、ただ悠然として歩みを進めているだけであるのに、緑を全て溶かし尽くしてしまう熱量を見せていた。その細長い指が指揮するのは悪魔の炎だ。長い詠唱を行なっている術とは別に、詠唱無しで展開を続けては生き物のように自立して動き回る炎の雨。ただでさえ負荷がかかる多重展開に幾つもの魔法を、同時発動。更に迫り来るのはそんな彼女でさえ使っている長い詠唱式。クラスメイトだけでは無く、被害が出ないよう障壁の向こう側で観戦する別クラスの者達まで顔色を青ざめたのがはっきりと見える。そして、エリーゼは面倒だから一人で全てを済まそうとしているのでは、という疑問符を浮かべていた。
「む、無茶苦茶だ…!エリーゼと同じクラスでなくて本当に良かった…何だよあの魔力量と範囲…!」
「なんか、え、?……あいつ、休む前と、全然威力違わない?ただでさえやばかったのに、段違いだぞ…!?」
「先生!!ダストア先生!止めなくていいんすかアレ!?エリーゼだけ引っこ抜いた方がいいんじゃ!?」
「まあ、正味な話ギルド行くと単独行動に走る輩もいるしな。リアルな職場擬似体験ってことで。大丈夫大丈夫、何かある前に俺らがとめる」
「ひでえ……ひどすぎる……」
「大人の世界はな、どんな人間相手だろうと付き合わなくちゃならない場合もあるんだ」
そんな世知辛い演習はいらないと果たして何十人が思ったか。様々な目で見られているこの場面の当事者になっている僕は、立っていた。そこに立っていた。……燃え盛る森の中、僕でさえ御構い無しに熱くする炎の群れの中に、あろうことか生き急ぐように。初めて見たエリーゼの炎に、見惚れていたのだ。
(綺麗だ、)
仮想領域とは言え、全方位へ向かい遠慮無しに弾けた彼女の炎はただ燃やすだけでは無い。溶かし尽くして滅するまで、対象の全てを奪うのがこの炎の本質だろう。何よりもその爆ぜ方と熱の伝わりように、これが彼女だけにしか産めない炎だと感じ取っていた。
命を喰う魔法である、と見せつけられてもなお。この在り方がどこまでも、僕にとっては美しい。ああ、こんなにも危なげなことを望む人間だったろうか、……この炎に、焼かれてみたいだなんて、この愛は僕をどこまで狂わせると言うのか。
ひとつ、ひとつ。またひとつ。星を数えていくように、仮初めの命をエリーゼの炎が丁寧に奪っていく。
ーーこの禍々しさの、何といとしいこと、
うっとりと眺めていたい気持ちを抑えつつ、走りながら今視界に映った光景に対して僕も詠唱に移る。移動魔法…ではなく、彼女と比べ物にもならないけれど、僕の色と同じ魔法。紺に濁り溶けていく、水の色。
「ーー海の祈りへ私は溺れる!波の揺り籠、
偶然にも、空から落ちる火球の下にいた、逃げ惑う生徒達の上に向かい。魔力を一点集中、手を向け淀みなく完遂出来た詠唱の直後。身構える生徒達の上空に、水で構築された大きな盾が覆い被さる。
無いよりはマシという程度だと思うけれど。水鏡へ落ちて当たった炎はそれでも消えはしなかったが、その大きさを分散させることには成功したようで。いとも容易く炎の熱に負ける代わりに、支障の無い程度に火球も壊されていく。
「あっぶねぇ!!サンキュー、助かった!」
「水より強い炎ってなんだよ…!」
「え、エリーゼはあんなんだけどさ、お前、もしかして割といい奴…?」
すぐに体勢を整え、炎に注意しながらも標的を探知しようとする姿勢は流石の最上級生と見るべきか。けれど残念、最後の言葉だけは的外れだ。
「誤解の無きよう。私の欲で援護しただけです。……貴方がたに、あの高貴な炎を纏う褒美を奪われるのが憎らしかっただけのこと」
自分でも危ない域に来ているとは思うのだけれど。とんでもない物を見たような顔になった彼らと逆に、炎の中で舞う彼女を、あと少し。あと少しだけ目に焼き付けていたいと、授業の趣旨を忘れてしまう程の熱に溺れていた。
× × ×
「ワンマンプレイだが、筋が良すぎる。…あの生徒、どこであんな教育受けたんだぁ?前の測定値とまるで違う…大雑把に見せてるようで、その実一切隙も無い。十七にしちゃあ出来過ぎで恐ろしいな」
エリーゼの後を追うノアから、遠く遠くにいたラムがバインダーでめくり上げた資料を見て、溜息をつく。
「あ〜……そりゃあんなギルドから勧誘来るわな。ワンマンプレイのアウトローばっかいる無茶苦茶野郎共だ…。それに選ばれるあいつもそういう素質はある、か…」
いや、そういう素質しか無いのか?
納得する順序が逆だろうと、消えることない炎が戦闘領域をじわじわ蝕んでいくのを見ながら彼は観察を続けていた。まあ、受け持つ生徒の経歴は全部知っているからこそ、この見違える程の成長に理由を見つけることは簡単だ。
「やだね〜…この歳になって「愛の力?」とか言えるシチュエーションと出くわすとか」
おっさんにはちょっと胸焼けかもな。
苦笑しながら、終了の合図を出すタイミングを計る。時計が告げるのは、予想より三倍は早い時間であった。
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