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 朝の礼拝もすんなりと時が過ぎ。二日目の復帰日、午前は全ての時間を使っての選択合同科目である実技授業だ。この授業に着手出来るのはある程度魔法を自力でしっかり制御出来るようになる上級生からで、最中に事故があったとしても即座に対応可能に出来るよう癒術師が最低二人は授業に同伴する。そう、危険を伴う職場を望む者には、それ相応の試練になるのだ。

 この世界で言うギルドは、概ね僕の前世がいた地球でのファンタジー概念を重ねて見ても間違いは無い。簡単に言うならそれぞれが一つの会社だと思えばいい。その目的も多岐にわたる、戦闘系から商業系、果ては私設で組まれたギルドも沢山ある。傭兵ギルド、警吏ギルドは国家直属の分給与は段違いに良いが激務が常について回り、商業系ギルドも国の経済を回す上で学ぶべきことは山程。組合に当たる同系統ギルドが集まる連合なども存在していて。例外としては犯罪に特化した違法ギルドと言うものもあると言うくらいか。


「おら、集合早くしろー。新学期一発目つってなまけるなよ」


 優秀な癒術師である新教師ラム・ダストアの姿は、生徒が集まるよりも先にあった。バインダーを手に持ち、ローブは着ているものの着崩して見える中着が与える印象とは反対に、これからの授業に対する姿勢は真剣であるようだ。

 北の庭園に初めて足を踏み入れた僕は、二人して相変わらず完全に周囲から避けられてはいるものの、歩くことに苦労が無いと皮肉を言うエリーゼの横で言葉を受け取りながら少しだけあたりを見回した。あまりきょろきょろと首を動かしてくい気味に見ては、自分から田舎者ですと言う様なものだ。自然な所作の中で見た風景は既にスケールが大きいもので、強がってたいしたことありませんね等と嘯けるようなものでは無い。

 作業靴とは違う、土を踏むよりダンスに適した綺麗な靴。履き慣れていないそれで地面を歩いてみても、確かに自然な土の感触を感じた。これらの光景が全て魔法で造られた人造物だなんて到底思えない、栄養があるか無いかの質こそ違えど今僕が歩いているここは本当に自然を切り取って持ってきたかのよう。

 仮想戦闘領域、北庭園巨大施設。此処を利用する彼らの就職希望先は、僅かでも戦闘や防衛の技術が必要な場所だ。対人、対魔物、それらと戦う為の技能だけではなく業種によっては人命救助にも繋がる、他技能成長の為の施設。空までひらけた、縦横無尽の広い幅があるのを見ると、これら全てを破壊するのも相当に難しいと思える。


「…つかぬ事をお伺いしますが。エリーゼ様は、元々どちらへ進路希望を出していたので?」


 それは未だ聞かせて貰えたことも無かったと、申し訳なく思いながらも聞いてしまう。彼女が自らヘイリーとの婚約を望んだ後、考えたくも無い未来だが…もしもその婚約が正式に果たされたとして。ヒイロとの間に起こった諍いも無く、卒業後にフィジィ家に嫁入りしたその先を彼女はどのように見ていたのだろう。選択した科目と言うのだからなかなか変えは利かないと思いはするが、今の彼女の未来はその時とは違う場所にある。囁いた僕に、エリーゼは実に彼女らしい回答を投げた。


「勧誘を受けていたのが一箇所あってねぇ。…家からも元々の婚約者から離れるにしろ、便利な体裁になりそうだから適当に受けてはいたんだが、ここじゃあ騒ぎも起こした。あそこにアタクシはもう必要は無いだろう」


 やはり、未来がどのルートだろうと黙って大人しくしている彼女では無かったようだ。何でも国家直属の防衛団でもある傭兵隊ギルドのひとつから勧誘を受けていたらしい、それが相当の実力が無ければ声すらかからない場所だと言うのに。何ということだろうか、婚約者や家から離れるには丁度いいと言う理由を大半にエリーゼは危険に身を投じることを由とした可能性もあったのだ。

 …”エテルニテ・フラム”。彼女が今呟いたギルド名は、僕の前世に聞き覚えがあった。ただ、聞いたことがあるという以外に今は思い出せないようで。後発的に植えつけられたこの記憶、彼女を攫って以降役に立てるんだか立っていないんだか不安定だ。学園のことは事細かく調べて脳に溜め込んだが、有名ギルドですら忘れて知らないままでいる今の僕は知識の偏りがあまりに激しいかもしれない。


「それに、どのみち卒業すればカシタに篭るんだ。だから復学する前に、兄様に頼んでおいた。…兄様経由でとっくに勧誘は蹴っている」

「…ああ、エリーゼ様、今相当嬉しすぎて僕思考散りました、申し訳ない」


 自然と頬が緩んでいくのを我慢する。ポーカーフェイスの一つでも、そろそろ上手くはなれないものか。卒業したらカシタ山へ篭る、それは有名ギルドの勧誘を蹴ってまで僕の花嫁としての未来を今も選んでくれていると言うこと。

 幸福とはこんなにも右肩上がりであることが、ずっと現実であってほしい。口元に自然なかたちに見えるよう手を当てつつも、場違いな感情に喜んでいた。

 そろそろ私語を慎めよ、と緩く生徒に呼びかけるラムの目に、注意対象として映る前に咳払いをして誤魔化す。首からかけていた三角眼鏡を装着し、集まった最上級生達を品定めするように視線をぐるりと移して、彼は淡々と話し出した。


「えー。そろそろギルド側の勧誘活動も活発になる頃だ。早い奴は年明けすぐにでも勧誘が来たことだろう、休みのうちにボケなかったかの確認でもあるが……初回はとにかく、うちの生徒であることをお前さん達には嫌と言うほど再確認して貰いたい。下世話なこと言うが、うちの学園は――今、絶好調の超ハイブランド、だと思われてる」


 元々王立と言うだけでも相当の格式高さを外部には感じさせているこのリドミナ学園。実際はどの身分の生徒も自由に入れる分、教えが相当厳しいことでも有名である。その結果、排出されるのは実に優秀な生徒ばかり。一定の高水準を越えた実力は当然のこと、独特な個性と能力を武器に羽ばたいた者もいる。王国を支える次世代の若者として誰が輝いているかと言えば、リドミナ学園の生徒は外せない程の存在感を国民に刻み付けていた。


「お前さん達がこの先どんな進路を辿ろうが、それは個人の自由だ。バリバリのギルドマンになって仕事に明け暮れたり、もしくは家庭を持って家守になったりするだろうよ。旅に出る者も過去の卒業生にはいたと聞く。そのどれもが、このカナリア王国の未来を紡いできた。俺から言いたいのはまず、「揺らぐな」ってことだけだ。色々問題はあったが、この学園は急ピッチで生まれ変わった。環境なら幾らでも俺達教師が整える、だから決してぶれるな。芯を持て」


 お前らが卒業する頃、国王二人の期待を裏切るような人間にはさせていない。それが新しく呼ばれた教師である俺達全員の共通認識で責任だ。そう続けたラムの瞳には、静かに燃え上がる炎が灯されているように見える。

 国王、と言葉を出した際に彼の雰囲気が変わるのを感じた。…新たな教師陣は、ベニアーロ王の人脈によりリドミナと縁を繋いだ者が多いと聞く。ラムの言葉の全てに凝縮されているのは、間違いなく忠誠心だ。一片の穢れも無い程、まっすぐな忠誠。……柔らかい雰囲気の中で纏ったそれは、まるで頑強な盾。ふと、ウィドーのことを思い出す程、ラムもまた王国を…王を愛する者の一人なのだと気付かされる。そして、彼らが手がけるこの学園の生徒ごと、愛そうとしてくれているのだろう。


「詳しく語ってる暇も無い野郎もいるだろう。まあ、憶測であることないこと噂してる人間はこの中にゃいまいよ。今の時点で進路希望も決まってないのは流石にいない。なんやかやありすぎた結果、今のリドミナの評価がぐらついてるのもお前さん達は察してるだろう。だからこそ、特にお前さん達は情けない姿を見せちゃならん。最上級生としてのプレッシャーが例年よりはるかにきついが、サポートは俺達教師陣が行う。ま、今はとにかくケツに火付いてる時期だから前だけ見とけって話……授業前の、励ましの言葉にしちゃ長ったらしくなったな、すまない」


 今日の実技は、前半が対敵性体への戦闘訓練。それの進行具合で後半は生徒同士での対人戦闘を行う。休んでる間に鈍りましたなんて、この時期からは一切通じないから頑張れよ、と。硬い雰囲気はどこへやら、けらけらと笑ってこちらへ投げかけるラムに、はい!と威勢のいい声で返す生徒が大半である。

 当然の如く、僕らは例外だった。


「…子犬。思いついたぞ」

「はい。…はい?」

「準備運動を早々に終わらせてやる。そうすればオマエの気に障る奴と、直にし合えるだろうよ」

「えっ…――と、言いますと、っ?」

「アレが、オマエの脳を割いていると言うことでさえ、今のアタクシには鬱陶しいと言う事さ」


 教師から魔術使用の許可が出るその前に、スカートを換装させパンツスタイルになったエリーゼに。その意図を感づいた僕は、図星を突かれた顔を隠すこともしないまま、申し訳ありませんと微笑む。


「序盤はアタクシが焼き尽くしてやる。そこから先はオマエからの指名と行こうか、子犬。アタクシは少々体が動かせればそれで良いが」

「そこから先も、面白い画が見たいとおっしゃるのでしょう」

「その通り。アタクシを前にしてあの男を掠めるのも気に食わぬ、が。それ以上に、血の気の多い駄犬は嫌いではないからな」


 どうせならぶつかって来いと、そうしてこの方は僕に愛の試練をお与えになる。ええ、ええ、是非ともやりましょう。貴女の為なら、例えどんなに実力の差があろうとも。貴女が僕の花嫁だと、教えるのはこの僕だけだ。

 水晶体で作られた模擬戦用エネミーが、ラムの言葉ひとつであちこちに出現し、蜘蛛の子のように一斉に、森の中と設定されたこの施設の中へ散らばっていく。


 そして開幕、僕は、初めて彼女の炎を拝むことになる。その禍々しさにさえ何度でも愛を誓うだろうと、彼女はもう信じてくれていた。

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