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「イヤに格好つけるじゃあないか、舞台でも見ている気分だ」

「貴女の認めて下さった男が目に見えて貧弱な態度ですと、義兄様にも面目が立ちませんからね」

「褒め言葉さ、素直に受け取っておきな。しかし、取り巻き数人分よりもオマエは視界を遮るねぇ」

「面倒な物を見ずに済む遮蔽物と思って頂ければ」


 ハハハ、とエリーゼがわざとらしく足音を立て、大きな声で笑いながら歩く。嗚呼、そんな姿も愛らしいと言うのに、別の生徒にはこの様相が悪魔の高笑いに聞こえるらしい。廊下を歩く僕達には、もう突っ掛かる人間こそいないが遠巻きに見られていることだけは感じ取れて。この素晴らしく完璧な美が力強く歩む様を見て心を震わされない男が多いとは、視力も聴力も衰えている証だ、なんて恐ろしいことだろうか。まあ、皆が皆彼女の魅力に気付かないのであればそれはそれで恋敵がいなくなるというもの、僕も危うい嬉しさを生んでしまう。

 三限まで移動する教科も無かった為か。彼女の復帰初日としては予想以上に穏やかさが訪れていると思う。それこそ、あっと言う間にと言う奴だ。彼女の鞄を預かり、後ろに付き従う。午前の講義分はさらりと終わり、念には念を入れた僕への褒美かとでも言うように今はまだ大きなトラブルさえ起こらなかった。少し絡まれた程度はあるが、大人気なく威嚇すれば何とでもなる。僕の表情は、相手に不気味さを感じさせるには何かと役に立つようだと思えてきたさ中だ。


まるで、地球での大学の講義を受けているような感覚だった。独学で突き進んで来た僕のような人間にとっても、リドミナのように身分関係無く知識を得る機会を与えられる場は非常にありがたみを感じる。ここに普段から通学している学生がどれほど恵まれているかと言うことを自分の身でも知れたのはいい経験になると思うのだ。学園の概要に目を通せば分かるが、ここは実に生徒に対してのサポートが手厚い。王立の名に跪くように、国王への信仰も厚いのも一つの特徴だと思う。

 学ぶことは、僕も好きだ。知識や技術を自分の物にしてしっかり取り扱うまでは時間がかかるけれど。それがうまく自分に浸透した時の喜びは、初めて魔法を使えた時の僕が良く知っている。…リース家の皆も、この学園が設立されて以降の子は全員がリドミナに通った経緯があるらしい。国王への忠義が強いからと言うのもあるだろうし、通学させるなら確かに全ての設備が整った場所が相応しい。


「帰りましょうか、兄さんにも何事も起こらず、と伝えたいですし」

「一旦外に出る。……これがあの女からの受け取り物だと知られると余計に面倒なことになるからな」


 役に立つとは言え実に複雑だと、ブレスレットはある意味で彼女の中にも存在感を主張しているようだ。リースの末妹が実はカナリア女王の贔屓先、だなんて星がひっくり返っても予想する者は確かにいないだろう。精々、聖女扱いを受けるヒイロならばあるいは?程度の域だと考える。実際ヒイロもメインストーリーでは女王から贔屓されていた描写はある上に、反応を面白がられていることも多々であり。つくづく、気に入った人間をからかうのが大好きなのがあの女王様なのだと知る。

 恐らく、カナリア女王に気に入られていること自体エリーゼは認めたくないのだろう。嫉妬やそう言った類では無し、顔を突き合わせれば喧嘩をすると言う物騒な間柄でも無い。カナリア女王は単純に相性があわないのだ。ただ、その相性の悪さが火と水に例えられるのではなく、エリーゼが火ならば女王はとんでもない量の油であると言うだけ。そちらの方での相性の悪さ、だ。深く考え込まずとも分かるだろう。とは言え、凄まじく世話になっている点は紛れもなく真実。僕の目で現状が安心に足りると確認出来るまで、通学手段としてこの魔道具には多大に頼ることもそうだ。兄さんにも、お義兄様にも、女王様にも、足を向けて眠れない。今が多数の人の手により支えられて実現している無茶であるからこそ、僕がいきなり大事を起こして台無しにするわけにはいかないのだ。

 今日のところはわざわざ残る理由も無し、エリーゼに無駄な時間も取らせたくない。ヒイロ達とも復帰初日からいきなり話すわけにも行くまい、…好きという領域にまでは行かないだろうが、ある意味ではエリーゼもヒイロの一部を嫌って一部だけを気に入っている様子なのだ。だからこそ、互いに会わない方がいいというタイミングの方を図るのが彼女達は上手なのかもしれない。それを察し、僕達の足も人目が少なくなる場所へと阿吽の呼吸で進んで行こうとする。

 透明な水に一滴インクが混じれば、後は薄く広く染み込んでいくだけ。僕の存在も、同じクラスから伝い伝いに話は広がるだろう。伯爵の位の中でもとりわけリース家の者達は異色だ、この場所では悪とされているからには余計に尾ひれ背びれもつけた噂が吐き出されそうなものだが。


「待て!」


 ――おや。

 さっさと学園を出て行きたい僕達の歩みを止める声が、後ろから届く。無視しようとしたが、試しに二人でわざと歩く早さを上げれば余計に声が大きく荒くなって追ってきたので、怒気を向けている対象が僕達だとようやく分かる。しょうがなく足を止めてやったと言わんばかりのエリーゼと共に振り返ると、息を切らした様子で一人の生徒が僕達の近くをゴールにして肩を上下しながら言葉のひとつひとつを吐こうとしていて。

 知らぬ顔だ、そうエリーゼが僕に告げる。では聞く意味もございませんね、と朗らかに笑んで、エリーゼを僕の背に隠す形でその生徒の前に立つ。…刺繍された紋章の色から見るに、エリーゼより二つ下の五年生だということと、利発そうな青年であることは分かった。校内でも人が行きかう時間の真昼、出口に繋がるフロアには必然的に人が集まっていて。僕達三人に、何だ何だとざわついた目を向ける者も中にはいる。


「今。待て、とおっしゃられたのは貴方でございますか?」

「っはあ、っは、そう、そうだよっ、!ああもう、待てよ、待ってろよ、今、急いできた、んだよっ、さっさと帰ろうと、しやがって、っ!」

「とは申しましても、このお方は貴方様のことを存じていないご様子。この後午後からも予定が詰まっております故、お手間を取らせないで頂きたいのです。つまり、ご機嫌麗しゅう、ということです」


 気分よくお過ごし下さい、だなんて矛盾した意味がある別れの言葉を放り投げれば。は!?と、更に声を大にした彼の言葉に、今度は僕が一瞬目を丸くする番であった。


「知るかよ!俺が用があるのは、お前だよ!お前、お前お前お前!!!お前の方!!」

「………は?」

「は、っておま、お前ーーーーっ!!あ、あんなことしておいて、俺を覚えてねえって言うのか!!このっ、”クソ侵入者”!!!お前なんか案内したせいで俺まで共犯だって疑われかけたんだぞ!!!」


 その人差し指を堂々と突きつけた先は、この、僕。

 侵入者、案内、…そこで僕は「あ」ととぼけた声が勝手に出ていた。つまり、この面倒ごとの引き金は、完全に僕である。――まだ、正体不明の学園侵入者であった頃の、僕の。


「絶対どっかで見たことあると思ったんだよ!忘れちゃいねえぞ、そのイヤミったらしい紺色!!こっぴどく先生から叱られたのも全部お前が勝手に行動したせいだーーーーっ!!次に会ったら落とし前つけさせてやるって決めてたんだぞ!!」


 まあ口がよく回る性格なのだろうか、感情が高ぶると歯止めがきかないのか。地団駄踏むような風体で、五年と言う割にはまだ子供としての側面が強く見える彼を横目に、僕はすぐにエリーゼに視線を合わせる。…くくく、と面白いものを見たからか、愛らしく笑われておりましたとも、はい。


「……あー……。その、エリーゼ様。完全にこれ僕…私の方に責任がありました。本当にすみません」

「箔がついたな。文字通り悪名が」

「ハハハ、面目ない。でも貴女と揃いなら嬉しいですよ」

「俺の話聞いてる!?なあ!おい!聞けって!」

「ええ、ええ、察しました。その件に関しましては非常に申し訳ないと思いますが…話し合いはまた今度と致しましょう。ここはあまりに、騒がしすぎますから」


 後ろ手にエリーゼの手を掴み、相当の無茶ではあるが敢えて詠唱せずの移動魔法を行使する。消えた後の騒ぎは少しはあるだろうが、こんなところで大勢に囲まれて困るよりかは幾分かマシだ。

 まさか初日から、僕のせいで撒かれたトラブルの種が花をつけているとは。あの誘拐から一カ月以上も経過していたという点が僕に油断を作り出したのか。それとも、この色を持ちながらにして、目印にされるというところまで考えつかなかったせいか。



 一番最初に現れた庭園の近く、緑が僕達を隠してくれるそこで。一気に顔色を悪くしながらも、退屈はせずに済みそうだな、なんて意地悪く笑う彼女につられて、何故だか情けない笑い声が止まらなかった。

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