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「エリーゼ様。僕の名字を正式に貰って頂けませんか」


 意を決して出した台詞は、決して、こんな時に言うべきでは無かったけれど。彼女が学園へ戻ることを考えるのならば、今避けられないことだった。

 エリーゼの目が瞬きするのが、やけにゆっくりに見えて。小物を一緒に作っていた手が、お互いに止まっていく。商売する際に使う新しい値札作りや、可愛い小瓶のデコレーション、常連に対するメッセージカード。商品まわりで使う様々な物に加えて、稀に作ることもある子供受けがいい人形など……サービスに割く時間の余裕がある時はこうして空いた時間に用意したりするものだ。別にこちらが得をしたり、売り上げが伸びるわけでも無いが。距離が近く、親しみやすい商売を長年心がけてやってきた両親のサービス精神を引き継いだのもある。エリーゼとこの作業をこなすようになってからも、意外と物を作ることも得意だった彼女が愛らしいと思った。

 書面が届いたその日の昼下がり、幾つか無心で作り続け完成した小物を机の端に揃え。そろそろ午後三時にもなるかと言うこんな時に、あろうことか僕は凄まじい告白をもう一度したのであった。


「子犬」

「……はいぃ……」

「オマエの前後の脈絡無く言うところは褒めるべきところだろうな」

「へへへ、皮肉本当に申し訳ございません……照れと謝罪だけしか今は見せられません……」

「正直でよろしい。何、気分は害されていない、それより大分わけわからん顔をしているぞオマエ」


 僕もこんな形で話をしたくはなかったんです、と。情けない顔をさらしながらも、いきなりのその発言に至るまでを話し出した。普通過程から語って結果だろうが、何で最後に言うべき言葉を最初に出してしまったんだか!言いたかったからなんだろうけど!!


 改めて。僕の家の名前を受け取って貰うと言うことは、彼女が正式にマヒーザの家の者になるということで。彼女が正式に僕の妻になると言うことで、……彼女を、僕に縛り付けると言うことでもある。今までの人生を生きてきた大切な家の名前から僕の家の名前になって貰うと言うのは、相当の選択。夫婦別姓をとる形や婿入りするということも出来るが、こと今回においてはそれらはいけないのだ。

 エリーゼが、リースの名のままでは、いけないのだ。


「……力業としか言えないんですけどね。学園に戻った時、貴女がエドガーお義兄様にご心配をかけたくないのであれば。もう、リースの名を名乗ること自体をやめて、……僕達の名に、責任を押し付けてしまえばいいのではないかと」


 あまりにあまりな強引さだと自分でも分かってはいるけれど。リースの名のまま戻るのと、マヒーザの名で戻るのとでは大分印象が違う。

 ……財力的に、式はまだ挙げられないが。それでも入籍だけなら、一定年齢以上かつ本人達の同意があれば書類を作成して王国に提出出来る。僕達は二人して17歳、この国での入籍可能年齢ぎりぎりに到達していた。王都の役所にすぐ書類を貰いに行けば、恐らく復学する日までには高い確率で間に合う、筈。

 せっかくの、いつかは言いたかった言葉であると言うのに。告白だけではなく、この台詞自体が手段になってしまうのが残念で。僕は申し訳ない表情にしかならなかった。


「勿論、デメリットも相当大きいと思います。兄さんの名が有名とは言え……貴族も平民も入り交じる学園で平民の名を名乗るようになれば、リース家の権力や力を恐れて近寄らなかった輩がここぞとばかりに調子に乗って貴女に絡んでくる可能性も否めません、」

「それは……まあ、簡単に予想がつくねぇ」

「ですが。マヒーザを名乗れば、リースの名を引き合いに出して無闇に責め立てようとする者や、鬱陶しい輩に対しては対応が少しは楽になります。そうすれば責任の所在は既にリースからマヒーザに移ったと言えますし、その状態で学園内のリースの者の動向を伺う方が……まだ、穏やかになるかと、…僕も、貴女の傍にいて周囲を警戒したくもあります」


 マヒーザの者自体を的にすればいい、と言えばいいのか。こちらがデコイになればリースに向かう念も、幾分かはこちらへ向かうだろう。

 とどのつまり、ヘイト稼ぎを僕の役目にしてしまえばいい。彼女一人に多くの怒りが向かうよりは、その感情の矛先を全て僕に、僕だけに向けてしまえばいい。ここから先は主軸のキャラクター達と多くの摩擦が勃発するだろうから。


「……子犬、」

「はい」

「その口ぶりだと、オマエもリドミナに付いてくると言うように聞こえるが?」

「可能な限りはそうしたいと思っています。兄さんには既に相談も済ませました。…少なくとも、せめて確固たる安全が確認出来るまでは。貴女だけを一人で行かせたくはない、です」


 貴女の隣に僕がいないなんて嫌だ。子供かと言われたとしても、じゃあ子供でいいよと開き直りたい。


「何だってしますよ。何だってさせて下さい。何も、貴女のプライベート全部張り付こうだなんて思っちゃいませんが、それでも貴女が今あの学園で大勢から敵視されているのは本当のことでしょう。だったら、守ろうと動かずにいる僕なんて、僕じゃない。お義兄様の前でも誓った通り、僕は貴女の為だったら悪にでも簡単になれるんですよ」


 時間が足りないなら睡眠を削ればいい、体が足りないなら一人で数人分働けばいい、現実的では無いのならばそれを無理矢理現実にするようにがむしゃらに努力すればいい、「出来なかった」なんて言い逃れをする自分がいる未来だけには絶対に繋げない。王都とここがどれだけ離れているなんて数値は今は関係ない、到着する度に吐いてでも移動魔法を使えばいい、彼女に何かあった時の為にすぐ連絡が取れるようにしておく必要もある。細かい箇所まで上げればきりが無いが、そのきりの無い心配事を全て抜けることなく羅列させてひとつひとつ対策を考えることが、僕に出来ることだ。

 僕は、ヒーローなどにはなれない。大層な存在にも、なれない。魔力も平凡な上、特殊な魔法使用者という点も相まって身の丈にあわない術を使い続けている不器用な人間だ。物事を一気に解決出来るほどの能力も無い、けれど、執念だけで動ける男だと自負している。エリーゼのためならば、エリーゼのために、それだけでどんな無謀なことにでも挑戦出来るのは、彼女自身が知ってくれただろう。


「子犬、オマエ。どれだけアタクシから褒美を与えられれば、その不安な顔をやめる気になるんだい?」

「…だって、式よりも前に……こんな形で、こんな、申し訳なさ過ぎて……本当はもっとちゃんとした形でしたかったのに、甲斐性なしじゃないですか僕、」

「アホウ、生娘か何かか。オマエの働きが役に立っていないなど誰がほざいた。でかい図体ばかりして、心臓に毛生やしてるかと思えばたまにノミになるのは何だ、面白すぎるぞ」

「だって…」

「だってもクソもあるか、よく聞け子犬。アタクシは既に、あれらの目の前で名乗ったさ。…リースの名では無い、お前の名を。忘れたか?」

「忘れてません」

「ならば良し、だ。とっくにアタクシはここの者になってもいいと思っている。…そう、改めて確認を取らずとも。心配募らせすぎて前置きがどんどん長くなってるぞオマエ、責任を取ってくれるならオマエの好きにすれば良い。どんなやり方だろうがオマエの考えたことが、アタクシだけの花婿のやり方なんだろ?退屈な男は、アタクシは好きでは無い」


 オマエがアタクシの為に無茶苦茶にやらかす姿を横で見ていたいのさ、


「花嫁って枠は、その特等席のことを言うんだろうねぇ。なあ、子犬。アタクシはもう、オマエを欲しがっている。オマエと同じ程に強欲だからさ。わかるね?…間違いなく、オマエはアタクシの欲しいものだ。だからいい加減言葉に出さずとも察しろ。アタクシにふさわしい男じゃなかったのか?」

「……ふさわしい、男です。言って貰えたこと、全部覚えてますよ、勿論。…なにしろ、大分気味悪い男ですからね、僕、」

「その意気だ」

「ふふ、ありがとうございます、エリーゼ様。……悪女に最もふさわしい男に、磨きをかけることを誓いますよ」


 では、多少準備も多くなることですから、今日から早速動きたいと思います!遠慮なく!

 早速けろっとしたような表情を見せれば、エリーゼがおかしそうに笑っていた。


 さあ、悪役平民、気合入れてやってやろうじゃないか。

 学園改革後のストーリーまで、もうこの手が十分届く範囲になっていた。

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