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 颯爽と迷いも無く歩く彼女の姿は、世界と言う舞台から自身を絶対におろしてなるものかという気概すら感じられる。わざと音を鳴らし突き立てるように進む紅のピンヒールは、まるで針のように地を刺し自らの存在を縫い留める。いつだって、自分の居場所は自分で作ると豪語してきた人間の強さを思わせるものだ。我儘で、傲慢で、その理不尽を羨む人間が多いと感じさせる程、堂々とした在り方を、こんなに間近で目にしている。

 王都の中心地、よりも更に離れた場所に位置するリースの巨大な邸宅までは確かに距離がある。市場の端から歩いて行くのだから尚更。僕の移動魔法が使えればいいのだが、残念ながら一度しっかりと行った場所で無ければ到着地の映像が全く浮かばない為、リース邸の外観も正確な場所も知らない僕にはそう言った制約のお陰で今回は使えない。

 何か乗り物でも頼んでおきますか、と言う会話は当然こなしてはいるが。彼女にとっては久々の王都の地であり、出来るだけ直に歩きたいと言っていたことと。なるべく人目につきたいのだそうな。


「明日にはどうせまた噂が溢れるぞ」


 あの二人が言いふらすとは思わないが、と続けたエリーゼはその状況すら楽しんでいるように見える。

 曜日を考えれば、今日は王都での安息の日に該当していた。この日はどこの店も開店がいつもより遅く閉店がいつもより早い、営業時間が短くなるのだ。王立リドミナ学園も安息の日に従った休みだからこそ、ヒイロとスオウが孤児院の手伝いを行っていたのだろう。つまり、その二人がそれを証明してくれたわけで、今歩みを進めてきた場所のどこかしらに学園に通学している者とすれ違った可能性もあると言うこと。エリーゼのしたことを考えれば、彼女が王都にまた戻ってきた事実は一部の人間にはとてつもない衝撃だろう。彼女を蹴落とそうとした人間達に、元婚約者。加えて、スオウの口振りから見るにヒイロにとっては初期からの攻略対象……もとい周辺人物からも相当恨まれているようだし。エリーゼが戻ってきた、と告げる者あれば一瞬で悪い話は広がるに違いない。目に見える形で更に敵が生まれるわけで。

 状況だけ見れば果てしなく前途多難、であるけれど。彼女を憎む者あれば、彼女を愛する僕や親族も当然いるわけで。……誘拐してしまった身で申し訳ないが、彼女がこれから学園生活に戻るのか戻らないかは学費のこともあるから当然今日の会合でも話題には上げねばならないだろう。よしんば学園に戻れたとして、彼女を迎える土壌は最悪も最悪だろう、道行く者皆から侮蔑の視線と言葉を与えられる代わりに、「いつでも人一人焼き殺せる」という確固たる恐怖として君臨する彼女の構図が目にうかぶようだ。性格の「良さ」で彼女を上回る者が果たしてあの学園周辺に、ヒイロやカナリア女王を除いて存在するか?とも思うが。

 彼女は、エリーゼは、逃げない。背中を見せて、逃げない。自分だけが安全な場所で陰湿な手段を取ったりもしない。いつだってこうして姿を見せて、自分の存在を自力で肯定する。良くも悪くも、陰湿さを持たない直接的な対処を好む人だから。そうでなければ、ヒイロを殺しかけたことにも正直になる筈も無い。


「まあさっきから分かりやすく二度見してくる人もいましたしね」

「あそこの生徒は身分も性格もピンからキリまであるからねぇ。生徒数は他に比べても段違いさ、どこの区域に行こうが絶対に生徒には出くわす」


 王都も、本当に人が多くなった。その割りに、家の敷地が足りないとか貧民街があるだなんて話も聞いたことは無い。他国に比べて、とても裕福かつ土地の所有率がとんでもない国だからこそ全てを有効活用してくれているのだろうか。この国には、飢えで死ぬ子も仕事が無く消えて行く人間もいない。皆が幸せになる為なら生きる環境の全てを整えてくれる。……勿論、悪事、は見逃してはくれないが。


「そう案ずるな。アタクシが戻ってきた方が、得をする人間もいるには確かだ」

「え?」

「……あの学園、最近の体制も腐ってきていてな。教師も昔に比べやる気の無い者がとてつもなく多い。隠蔽体質も染み付いてしまったのが大きな傷だろうよ。……王立など、名だけ。年若すぎる王が即位してからの実情はひどいものだ、あの常人離れした実力を知っていると言うのに、若いと言うだけであの腐った連中は「見下してもいい」などとすぐ勘違いする」

「完全に老害じゃないですかね」

「つまり、大きすぎる騒動を起こしたアタクシを止められなかった責任を今頃は教師の間で押しつけあってるだろうってことさ。そんなところにアタクシがまた戻ってきたら、今の学園の愚かさを象徴出来るようになるとは思わないかい?」


 情報を得たからか。それをきっかけにまた記憶の引き出しが自然と開かれる。

 ……そうだ、数行程度の描写しか無かったけれど。エリーゼが学園を追放されたことをきっかけに、王の名を借りた学園に泥を塗るようなことをしてくれたと、生徒指導が全く出来ないとされた教師共に静かに怒りを重ねた女王が容赦無く内部改革が行う運びとなるのだった。そこで入ってきた新たな新人教師も攻略対象に仲間入りする流れだったような。


「それは、たいそう面白そうですね」

「オマエもなかなか性格が良い」


 名ばかり、と言っていたことから恐らくリドミナ学園の管理権限自体は王族の手を離れ学園自体で独立しているのだろう。元から管理権限が王と女王にあれば、そもそも口喧嘩はなとつも起こらない平和な学園になった筈である。何より、カナリア女王からエリーゼに向かう感情を知らされた今、間違いなく彼女はエリーゼとヒイロの邪魔をした人間を切り捨てる。

 贔屓してあげたいの。そんな言葉が、ただの人間から出るわけが無いだろう。あの方は、いついかなる時も全てを与えてくれる側だ。王国民である僕達は、その恵みにより飢えもせず毎日過ごせている自覚を持っている。……その恵みを貰って当然だとでもふんぞりかえり、ありがたみも忘れ、学園を腐らせた関係者が許されることはまず無い。有り得ない。あの方は、ベニアーロ王の為なら何でもする。本当に、何でも、するのだ。

 私が動けば全ての人々からやることを奪ってしまうわ、と言う台詞は与太話イベントの一貫で出た彼女の強さを示唆するフラグ。だからこそ、王国民を生かす為に、仕事を与えて暮らせるように、彼女は全てを覗いてもあまり口を出してこない。見守り、必要に応じて動くこと。カナリア女王を危険な目にあわせたくないベニアーロ王が基本仕事を引き受けているのは、一秒足りとも王国の状況を見逃さない女王の負担を少しでも減らす為でもある。

 ……そう、国民の頂点に立ちながらも。たった一人の為に動くことに躊躇しない。だからこそ、特別な存在には「贔屓」と、神様が祝福を与える人間を選別するかのように指し示すのだ。今、その対象にエリーゼが含まれているのも間違いは無い。


「少しはあの女に恩が売れそうだとは思うがな」

「また話したいとか思ってますか?」

「冗談を言え、あれはヒイロとも違う、本当にうっとうしい輩だ、わざわざ会いに行く必要もあるまい」


 流石に、あんな大きな存在を知ると今後驚く物が少なくなってくる。それが良いことか悪いことか知るのは、今日を越えた先の話だ。

 両側に僕達兄弟二人を侍らせ、道行く人間に「道を開けろ」と威圧を感じる態度で示す中、誰もが遠巻きになりながらもこの紅の麗人の正体が知りたいようでちらちらと視線を投げ掛けてくるのを感じる。世界が、今まで彼女を化け物として見向きもしなかったと言うのに。


「どうする?もっとお嬢様お嬢様させてあげようかエリーゼちゃん?こうも見られるとなんかやりたくなってこない?」

「いや兄さん楽しんでるでしょ、もう……」

「はははは!緊張感がまるで無いな!まあ、気の持ちようだからさ!」


 近付く。近付いていく。

 彼女が生まれた場所に、彼女が育った場所に、彼女が愛を知って……彼女が孤独を知った場所に。魂をひっつかまれるような圧迫感がする、詰まりそうになる息を通して平然を装って微笑んだ。

 平民風情が伯爵令嬢を救いたいなんて浅ましくおこがましいと捉えられたとしても、僕は自分を通すだけ。彼女と同じように、彼女を見習うように。


 人払いをされた区域、リース邸に近付くにつれ心臓がうるさくなっていくのを感じる。殴りあったり、魔法で決着をつけたりなんてすることは無いのに、言葉を伴う心の戦いのように思えて。僕は、また深く息を吸って、エリーゼを周りから守るように進んでいった。

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