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 あたたかなざわめき、花が咲くように賑わいを増す人間達が集まる場所と言うのはいつだって楽しげな様相を維持している。

 王都、カナリア市場は今日も例に漏れずあちらこちらで買い物を楽しむ人々で溢れていた。観光に来た者、元から王都に住んでいる者、時折巡回する警備の人間の姿も見える。市場と言えど、村や町とは流石に規模が違う。カナリア王国の中心地でもある都では、最早屋外のショッピングモールと行って良いほど豪華でしっかりとした店がずらりと構えられている。

 定期的に来てはいるが、外観やその建物を作る物質構成は多少違うとは言え、ここいらで販売されている雑貨や商品、衣服などは一部地球の現代にも似かよっていて。例えば、電子機器の代わりにオーパーツ技術を復刻させ錬金術と魔法の組み合わせにより発明された多機能水晶、例えば排泄物を一瞬で分解・消滅させて汚染を防ぐジェルボール、インフラ等も五大元素の魔力を効率よく循環させる機関が存在する為そこと契約さえしていれば身の回りに必要な物は揃う。新聞配達にしたって、契約の上で定時に魔法転送を行えばむしろ配達員を雇う手間すら無い。

 何度も語るようだが、この世界は元々の環境や生態系が地球に酷似していて。ある意味で、現代の地球と言うかたちはこの世界がイフの分岐を果たした世界だったのかもしれないとも感じるのだ。神様から頂いた景観を崩すことを嫌い、ビルしか無い無機質な街に変化をすることは無かった。自然が豊かで、なおかつインフラの代替以上の文明や文化を発展させている。

 カナリア王国は、世界の大陸全土を見てもこれ以上は無いくらいに美しい。そして国民の幸福度が頭ふたつ分程他国を抜いて高い。……王位継承を行った際、最年少で政治の場に立った王と女王のあまりの若さを他国から批判されたことはあれど。その有能さに周りが勝手に黙りこんでから余計にこの王国の名前は轟いたと思う。

 そう、ここは、誰もが行き交う王都でも相当の喧騒を伴う場所。山奥には無い都会の輝かしさを満遍なく見せつけてくれる。


「今日も警備ご苦労様です、カシタ農園到着致しましたので準備をさせて頂きますね。あ、これ出店許可証です」

「ああ、こんにちは。お疲れ様です。……はい、問題ありませんね」


 ショッピングモールの、奥の奥。カナリア市場で出店する際はこの場所での商売権を専属で買い取り続ける契約をしていた。あまりの遠距離からの参加の為、特別に移動魔法を使っての出店が認められてはいるが。時間厳守の上でズレも一切無く安全に魔法を行使する誓約書に過去印をしっかりと押したからこそ、絶対に事故を起こさないようにしなければならない。移動魔法を無事習得した初期に王都へ書類更新した際は、兄さんの魔力補助により業務上での魔法行使を許可と言う名目で既に「ここに来るまでに移動魔法を使えはする」と記載されていた。なんてったって、王都での商売は相当の食いぶちである。自分を移動させる前に荷車を移動させることを覚えたのも懐かしい話だ。普通全くの逆なのだと思うのだが。


「大丈夫か、顔が土気色だぞ」

「いやあ……これでも副作用だいぶ、よくなったんですよ、小さい頃は移動後即エチケット袋とかやりましたから……」


 許可証を警備員に確認して貰う兄さんがいる横で、ここへ来る度恒例の吐き気に襲われてしゃがんでいる僕がいた。長距離を移動すると、詠唱の補助があったとしてもこのように気分が悪くなってしまう。便利な魔法と言うものは、何の代償無しには使えない。魔法補填剤を乱用したあの時は連続移動すら苦にならない程アドレナリンが溢れて興奮していたからこそ自分を誤魔化せていたけれど、いざ真面目に長距離を移動すると三半規管にエグいくらい影響が出る。勿論、訓練を積んだ人間は耐えられるだろう、ネームドですら無い群衆のひとつである僕は全てが独学なのでその道のプロには流石に及ぶ筈も無く。

 うええ……、と情けなく声を上げる僕の背中を溜息混じりにさするエリーゼの手の温もりを感じた。これでは花婿どころか介護されている老人だなあなんて、一応使い手の端くれとして少しずつ回復が早くなってきた僕はようやく立ち上がる。


「よっし。準備、始めましょっか、」

「棚と、商品の運び出しだな」

「今日の多量取り置きは、「やすらぎ孤児院・ヒノヒカリ」さんですね。こっちでの常連さんなんですが、いつもの引き取りの人が来れなくなったから代わりに知り合いの神父さんに頼んでると聞いてます。いらしたら僕が対応しますので言ってくださいね」

「ああ、任せる。……値札、会計、包装、荷出し、……少しの間でも、手慣れてくると言うのは面白い感覚だな」

「僕も、楽しいですよ。……一緒だと、夫婦みたいで」


 そんなことを言いながら、体を動かし始めた。


 王都では、人の出入りが激しいからか固定客がなかなかつきにくくはある。それを商魂でなんとかしたのが父さん母さん、兄さんで。商用ギルドに加盟している料理店に材料を売り込んで専属契約を取り、カシタ農園の作物が切れるまでの間の限定メニューを作成。売り上げは好調で、その代金のほんの一部を謝礼として貰い受けるというサイクルを確立させたのだからたいしたものだ。

 今現在、王都では料理店三店舗、孤児院四施設との契約を果たしている。基本は取り置き分を持っていき、市場に出た際に受け取りに来て頂く方式を取っているのだが。料理店等は消費量が半端無く荷車では乗せきれない為、希望数が相当多い店舗に対しては転送札を使い受け取って貰うことがある。

 最初から荷車をやめてそちらの方式にすればいいではないかという意見ももっともだが、カシタ農園のやり方としては「直に人と触れあう」ことにも重きを置いている。例え時代遅れの荷車だろうが、都会に置けば味のある風景だ。それに昔からの慣れ親しんだ商法を別段苦にも感じていないのだから無理に変える必要は無いし、僕も直接お客様と交流するのが、好きだ。つまり臨機応変に対応してると言うこと。

 ……あと業務用の転送札はなかなか値が張ると言うのも理由であるからして。なるべくなら節約も、したい。マヒーザ家は新聞や水晶による通話機能は契約していても、映像受信契約はしていない。それだけでも少しは家計が浮くのだ。

 ――今度からは、三人で暮らしたいと思うから、そういうところもしっかりと考えているのだ、少しは。


「小さい時は、王都に出向いたらいつも本屋に行くことをねだったりしましたね」

「想像が容易につく」

「ははは、だからいつも母さんと父さんが商売終わった後に連れてって貰ったりしたんです。……だから僕、王都の商売終わりの後の時間は結構好きだったんです」


 まあ、流石に今日は一筋縄では行きませんけどね!

 強がって出した言葉と共に、脳裏では冷や汗を幾ら流しても足りない程の重要人物たちの影を浮かべていた。エドガー・リースとその従者に、何故か僕に恨みを抱いていると言う……これまた、顔も名前も知らない人間。そして何より、今この瞬間も「覗かれている」可能性をその存在が教えてくるカナリア女王。脳の領域を侵食してくる勢いで、不穏度はとてつもなく高い……僕、よく精神的な疲弊で死んでないなと感心するレベルだ。まあエリーゼがいてくれる限り絶対死なないけど。死んでたまるか。


「は、楽しい帰りになれるといいな?子犬」

「今日は、精一杯格好つけることにしてますから」

「そうか。……精々、満足いくよう努めるといい。どうせオマエは」

「勿論、貴女のことだけしか考えませんよ」

「だろうよ」


 微笑むエリーゼを隣に、僕はそれが当然とばかりにわざとらしい笑い声を上げていた。

 僕はエリーゼを傷つけない。傷付けさせない。そうあるべくして、今日の僕はここにいる。大きなトラブルも、難攻不落な親族も、例え槍や鉄砲が晴れた空から刺さりに来ようが立ち向かえる自信と勇気を、彼女から貰ったから。


 カナリア市場、開店前。そこに、嵐の兆しは未だ見えない。

 ……未だ。

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