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「見事なものだねえ。やれば出来るじゃないか」

「あはは、ありがとうございます。慣れた場所なら、余裕をもってこれこの通りですよ」

「魔力が切れてぶっ倒れたこの前とは大違いだねぇ、はは」

「ふふ、忘れて下さい。あの時はその。…結構、興奮していたもので……」


 がたがたと荷車を引く僕の真横には、よくできましたとその目線で多少は褒めてくれているエリーゼが。この優しい視線だけで僕は死にそうだ。照れた笑みを浮かべつつ、行きましょう行きましょうとしっかりとした足取りで荷車を動かして。…衝撃無し、追突や落下の危険性も全く無し。詠唱を終えた後、頭に描いた通りの場所に移動が出来たことにほっとする。目の前に広がる道と、すぐそこにある村の入り口。木彫りの大きな立て看板に書かれた村の名前は一部がかすれていて、あたたかく懐かしい手作り感を漂わせている。子供の頃もたまに、父さんに連れて来られてここで色んな人と知り合った。幼い頃の僕の人格形成に大きく関わっていた人達が、この村の人達でよかったと思うほど温厚で優しい人ばかりがここには住んでいる。

 幾つもの重みが乗った荷車を引くのも、もうすっかり手慣れたものだ。楽々と引いていく父さんの姿に憧れを強く抱いていた昔の自分が認めるような男に少しはなれたと思う。男の身体で無いと絶対に出来ないだろう、ある程度の腕力がついた頃からはこういった場面でも役に立てていることを思うと嬉しくなるのだ。ニアマウ村、今日もすれ違いざまに親しく挨拶をしてくれる人々を目に、商品を乗せたカシタ農園出張荷車は元気良く広場へ向かっていた。


「こんにちはー、カシタの者です~!お約束の日ですので参りました!よかったら見ていって下さい~!」

「あら、こんにちはアークくん!今日はもう出張の日なのね、一か月って経つの本当に早いわね~」

「それ会う度に言っちゃいますよね!俺もなんですけど!」


 広場に到着すると、早速定位置に僕は動いていく。昔から村民が催しをしたり、やってきた行商人が露店を出したり、この村の民芸品目当てに旅行に来た人達の憩いの場にもなっているこの広場は、何でも受け入れてくれる傾向が強いと思う。

 フレンドリーに村の人達に話しかけ早速交流している兄さんを横目に、商品をおろして簡易的な即売所を組み立て用意するのも僕の役目だ。ここに貴女といるなんて夢みたいだ、なんてぽつりと零せば、隣についてきてくれていたエリーゼが意地悪気に首を傾げていた。無理矢理現実にしたのはオマエじゃないか、なんてからかうように笑うものだから。僕の好意を理解してくれていてこんなことを言ってくれるのだと思うと、何とも言えない恍惚がふいに襲ってくる。これが、可愛い女の子に振り回されたいという欲望を潜在的に持っている男の性なのだろうか…!


「流石に王都からこれほど離れると、周りは自然の方が多くなってくるな」

「これでも、結構発展している方ですけどね。古き良き、って雰囲気、僕好きなんです。まあ、王都から新聞取ってる人もいますし、建築も基盤は真似てますし……ずっと前よりは結構便利になってるらしいですよ」

「ああ、そう言えばここも統治される前までは相当田舎だったんだか。…この国の領土は広すぎて、どこまで王都の常識が通じるかわからないものだ、」

「この大陸全部カナリア王国の領土ですもんねえ。色んな過ごし方続けてる所も多いですから…」


 話をしつつも手際よく準備する僕の様子を彼女はまじまじと見つめていた。…広場の奇麗な石畳を踏み鳴らすエリーゼはとかく美しい。赤のドレスとヒールを身に纏っていた姿が、平民の服に着替え村に佇む様はなんだか不思議で。元から育まれていた高貴さも持ち合わせている為か、普通の村娘と同列には見えないだろう。僕の目を通して見れば、他の女の子全てが簡単に彼女の輝きで霞む。こんなにも、彼女が実際に隣にいる生活は眩い…もう何百回尊いとか言ったんだろうか、そろそろ相当気持ち悪いぞ僕。

 束の間の平穏を今噛み締めている。じぃんと感動を享受しつつも、仕事に勤しむ手は止めないのが働く人間と言うやつで。木製の陳列棚を組み立て、値札に看板、農園自慢の花の蜜が詰められた瓶、てきぱきとした動きで次から次へと用意していった。しゃがみこんで作業する僕の頭の上に、エリーゼが声を落として来る。彼女の影に、僕の姿が少しだけ飲まれていた。


「子犬」

「はい、どうしました?」

「…体の調子は、本当に、大丈夫なのか。ただでさえこの前ぶっ倒れたばかりで徹夜など、学習能力が無さ過ぎるだろうが」

「う。ぐうの音も、出ませんね…」


 苦笑しつつも、あまりに的を射た意見はぐさりと突き刺さるものだ。だいたい己のせいである自覚はあるのだが、予想外すぎる出来事とぶち当たりそれを隠蔽することで更にギリギリと胃が痛くなりそうで。希少な魔法を使えるとは言えど、魔力も底をつくのが早い限界人間。無茶をしていることをエリーゼの前で何度も見せたせいで、不安に思わせたくないと言うのに。何かをしていないと、落ち着かないのだ。


「ただの見回りで徹夜したなど、過剰に気を張りすぎだ。オマエは一人の存在では無いだろう、兄君も心配していた」

「…貴女も。貴女も、もう一人の存在じゃ、ないですよ。だから、気を張りすぎるくらいでちょうどいいんですよ、僕は。かっこつけられる程強くないですしね」

「たわけ。アタクシは、オマエが努める姿を見せ付けて自慢するだけの屑男であったなら、この程度のことで一切気にも留めてやらぬわ。この意味を理解しな、子犬」


 手に持っていた物を落としそうになる。それって、エリーゼも僕を、心配してくれているいう解釈で大丈夫、なのか。どうしよう、すごく嬉しい。会ったことも無い、勝手にストーカーしていたような男相手に、そんなことを思ってくれるだなんて。反省しないといけないと言うのに、これでは余計に肩に力が入りそうだ。


「あ……あり、がとう、ございます……!勿体無いお言葉…!」

「受け取って当然と言う態度をしていろ。オマエ、他人だけをその気にさせといて自分だけ小間使いに勝手に格下げするつもりかい?…花婿だろ、オマエは、アタクシの。だから、少しくらいはアタクシから心配されてもいいんだよ、オマエも。おいこら、顔を隠すな、そういうところだ。このドヘタレ」

「んんんんほんっと、あの、ほんと、ごめんなさい今顔すごいにやけてるから覗き込まないでくださ、アッ、」


 カシタ農園出張露店、開店十分前に見られたひどく微笑ましい光景であった。


 × × ×


「こちら870ネアリになります、あ、丁度のお会計ありがとうございます!またお越し下さいね~!」


 大盛況。いつも見る光景ではあるが、一度火がつくと本当に回転が激しくなる。会計を担当する兄さんと、その横で品物を袋に綺麗に詰めてお客様に渡す僕。棚に並べた物が少なくなれば、都度側の箱を空にして持ち前の力でおっこいしょと補充してを繰り返し。野菜や果実、ミルク瓶も花蜜の瓶も売り上げに偏りが出ない速度で順調に消えていくのだからこちらの家計としても大助かりだ。格安で売る分、商品のはけ具合が凄まじいので忙しさはとてつもないことになるのだが。これでうちの商品の質がいいと別の町や村で噂になったのなら商売の範囲も広がるし、食事店との契約も時には運よく交わせることがある。

 一切たやすことない営業スマイル、清潔感のある身なり、身長の割りに威圧感を与えない低姿勢、お客様の目をしっかり見ての接客、優しい声色、不快に思われないような対応をすることによって少しでも「買いたい」と思わせる態度を取るのが接客業で大事なものだと思う。味がいいとは言え店員の質が底辺では評価も下がるだろう、地球とか特にひどかった、グルメアプリとかの感想板でそういったところにクレームが来るのは日常茶飯事な上、スーパー等のお客様の声コーナーなどと言う理不尽クレーマーの温床はどこにでもあった。重箱の隅をつつくように嫌がらせ並のケチをつけてくる人間も多数いて。ならばケチを付けられぬよう隙の無い接客を行い、変な人間が寄り付かぬようにするまでよと、兄さんの商売根性がしっかりと染み込んだ僕も、本格的に手伝いを始めた頃から意識するようにしている。


「アークくん、今日もやってるねえ!」

「お、お久しぶりです!先月は姿見れなかったから寂しかったんですよ、マーウッドさん」

「よせやい、世辞なんか使うな。こんな田舎の鍛冶屋の名前を覚えてくれてるだけでも嬉しいんだからよ。ミルクをいつも通りに頼むわ、お前さんとこのじゃないと飲めないって相変わらず息子が騒がしくてなあ」


 来てくださった常連樣の名前も顔も完璧に覚えているのは当たり前。世間話をして笑顔を見せる兄さんの後ろで、このお客様用の大きなミルク瓶を取り出して用意する。


「……お?新しい子雇ったのかい?やっぱり売れてるところは景気がいいねえ!ははは!」

「あはははお気付きで!そうなんですよ、今日から看板娘がいてくれることになりまして!」

「……業務見学をしております、エリーゼ、と申します」

「賢そうな子じゃないか、花が出ると余計に羨ましいね!」


 右に左に忙しい僕を横目に、時折メモを取りながら仕事の様子を見ていたエリーゼが、一度ペンを置き向き直った。片足を斜め後ろに下げ、スカートの端を両手でつまみ軽く持ち上げる。背筋をまっすぐに伸ばしたまま、優雅な仕草で挨拶をした。背景に薔薇が散りそうな程に美しい、挨拶一つでもこんなに上品さを感じさせてくれるあたり、彼女が伯爵令嬢であることを強く思い出させる。


「実はこの子、ノアに嫁いでくれたんですよ!正真正銘、うちの弟の花嫁でね!仕事も是非手伝いたいって張り切ってるいい子でさあ」

「へえ!そりゃたまげたなあ!」


 いきなり兄さんに豪速球を投げられた気分だ、話題を出されてちょっと体が宙に浮いた気がする。


「に、兄さん……せめて僕に言わせてくれない!?」

「お前絶対自分から言えないだろ?な、エリーゼちゃん」

「その通りですね」

「ううう~……ごめんなさい」


 この通りドヘタレで申し訳ない。常連のダンディなおじ様であるマーウッドさんは、僕とエリーゼの顔を交互に見て、ほうほうと一人頷いている。うちの村の娘達もノアくんが取られて残念だろうな、と世辞でもそんなことを言ってくれて、何だかとても照れくさい。モテるなら僕より圧倒的に兄さんの方だろうに。

 商品を渡したら、なら結婚祝いでもうちょっと買ってやるよ、と何とも太っ腹なことを言って。いつもより少し多めに買ってくれた彼の背中に深々と頭を下げた。……まさか、こうも早くに身内以外からお祝いの言葉を貰えるなんて思わず、胸に喜びが満ちていく。

 パン、と音が鳴る程この背をエリーゼに強く叩かれ、「痛っ」と一歩前にけつまづきそうになって。


「もっとしゃんと胸を張りな。……アタクシがオマエの働いてるところを見るのは、長く暮らす為でもあるんだよ。それでも、婚約者からアタクシを寝取った男かい?悪女を奪ったんだ、悪の男らしくもうちったぁ雄の顔になりな」

「ねとっ……語弊ありません?奪いましたけれども!」

「おや、いずれはそうしたいんだろ?オマエはそういうところもわかりやすい」

「あっ、う、……いずれ、ですよ。ほんと。からかってるうちに狼に進化しますからね、僕も、」

「飽きずにアタクシをここに留められるなら、楽しみにしてるさ」


 早くもかかあ天下だなあ、と兄さんが笑うのが見える。照れ隠しに口を尖らせて仕事を続ける僕には、ひりひりとした背中の痛みが、とても愛おしかった。

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