第3話 視点は無闇に変えてはいけない
「ふぅ……それじゃあ、続きだよぉ?」
「あ、あぁ……」
プロローグらしく、ほんの数分程度密着していた彼女も満足そうに息を吐き出すと、体を離して彼に言葉を紡ぐ。
与えられていた熱が消えていくことを感じた彼は。
「そうか……これがプロローグ。本編を知りたくなるように誘導するってことなのか――って、いやいやいや。何を考えているんだ俺は……」
などと暴走した脳内の考えを振り払うように苦笑いを浮かべて体を起こしていた。
とは言え、彼女は「本編」ではなく「続き」と言っている。
それは暗に小説の書き方の続きだと判断している彼は、教わる姿勢に戻るのであった。
「次はねぇ? ……お兄ちゃんの書いているのって一
「……なんだ、それ?」
「えぇぇぇぇ?」
彼女の言葉に疑問を返す彼。そんな彼の言葉を受けて彼女は大きく目を見開いて驚いていた。
「……い、いや。俺はただ、お前の小説とかラノベの書き方を
突然の
さすがに「そんな人間はいない」のかも知れないのだが。
彼は単純に彼女やラノベを見て同じように書いているだけ。特に一人称として意識して書いているのではなかったのである。
「むぅ……お兄ちゃんだって学校で一人称とか三人称とか習ったでしょ?」
「……あぁ、僕とか彼とかってやつか?」
「そうだよぉ~」
彼女の説明で何とか理解できた彼なのであった。
なお、知っているとは思うが。
小説において『人称』とは物語の視点のこと。つまり『誰が』物語を進めているかを区分するものである。ただ、これは国語及び英語で習っているとは思うのだが説明させてもらおう。
一人称とは『私、僕、俺』など。つまり小説では主人公が進める作品。
三人称とは『彼、彼女』など。主人公ではない第三者。もしくは登場人物以外が進める作品。
この二つの人称が主流だろう。
とは言え、少数かも知れないが――
『あなた、君』など。主人公以外の人物が主人公の物語を進める二人称も存在するのである。
なお、この小説は三人称視点で描かれている。
「……まぁ、私の小説を真似しているなら一人称だと思うけどぉ……」
「ん? 違うのか?」
「でも、お兄ちゃんの小説って……視点が定まっていないよね?」
「――うぐっ!」
「最初主人公の視点だと思っていたら……いきなり他の人とか三人称になっていたし……」
「――ぐえっ!」
「読んでいて混乱しちゃったよぉ」
「――がはっ!」
しかし彼女の言葉にダメージを負う彼なのであった。
「これは小説の作法と一緒で必ず守ること!」
「――は、はいっ!」
彼女は視線を落としながら強めの口調で彼に言い放ちながらメモ帳にシャーペンを走らせる。
姿勢を正して返事をした彼は視線をメモ帳へと移す。
『視点を無闇に変えてはいけない!』
これも小説を書く上でのルールなのかも知れない。
読者に理解を示すのが小説。
先の説明でも申した通り、作者の脳内の映像を
それなのに視点を無闇に変えると言うことは、読者へ伝えるイメージの鮮明さを失うと言うこと。
少し例を
※
「ふぅ……それじゃあ、続きだよぉ?」
「あ、あぁ……」
プロローグらしく、ほんの数分程度密着していた彼女も満足そうに息を吐き出すと、体を離して彼に言葉を紡ぐ。
与えられていた熱が消えていくことを感じた彼は。
「そうか……これがプロローグ。本編を知りたくなるように誘導するってことなのか――って、いやいやいや。何を考えているんだ俺は……」
などと暴走した脳内の考えを振り払うように苦笑いを浮かべて体を起こしていた。
とは言え、彼女は「本編」ではなく「続き」と言っている。
それは暗に小説の書き方の続きだと判断している彼は教わる姿勢に戻るのであった。
「次はねぇ? ……お兄ちゃんの書いているのって一人称だよね?」
「……なんだ、それ?」
突然、妹が言葉を紡いだ。
だけど俺には一人称なんて言葉は知らない。普通にお前の小説とかラノベを真似して書いただけだし。
だから普通に聞き返したのにさ?
「えぇぇぇぇ?」
お兄ちゃんったら一人称すら知らずに書いていたみたい。
何それ? なんで知らないの?
思わず私は大声で叫んじゃうのだった。
※
この話の冒頭部分を、三人称から彼の一人称。そして彼女の一人称で書いてみたのだが。
もちろん、これは
しかしネット小説では、このように人称をコロコロと切り替える小説があるらしい。
実際には、ここまで短い文章で切り替わることはないのだろうが、一話の中で視点を何度も入れ替える作品が実在するのだろう。
つまり、切り替わりまでにそれなりの文章を書いていると想定しよう。
だいたい読者と言う者は最初の視点の人物。語り部を想定して脳内で処理をする。それが何も説明もなく語り部が変更されれば
例題は情報量が少ないので読んでも
彼、彼女と言う主語は三人称。
三人称視点だと理解して読み進めていたら、次の地の文では、妹と俺、になる。つまり彼の一人称。
そう思っていたのに次では、お兄ちゃんと私。彼女の一人称になっているのだ。
それが説明なしにポンポンと切り替わっている。
例えば、バスツアーなどでガイドさんに引率されて歩いているとしよう。
それなのに突然ガイドさんが姿を消し、別のガイドさんが現れて「こちらですよ?」と言われて、あなたは安心できるだろうか。
まだ事前に「ここからは、このガイドさんになります」と説明があれば納得できるのだろうが。
小説上では、そこまで深刻な事態には
作者は引率事情まで
彼の小説は、上記の例のように人称がコロコロと切り替わっていたのである。
「これじゃ、作者であるお兄ちゃんが多重人格者……だと疑われても問題ないけどぉ。作品が多重人格者に思われちゃうんだよぉ~」
「……なんか今サラッと
作品が多重人格者。
主人公視点のはずが突然他の人物へ切り替わる
彼女の言葉に苦言を申し立てようとしていた彼だったが。
何を思ったのか、彼女が彼のシャツを下から上に捲ろうとしていたので問い質す。
「ん~? 私と結婚したい多重人格のお兄ちゃんがいないかなって思ってぇ~。おーい、出ておいでぇ~?」
「いねぇよ! と言うか、人を多重人格にするな!」
「――きゃぅ!」
「――わ、悪い……」
すると彼のお腹を眺めながら意味不明なことを口走る彼女。
当然だが、多重人格は精神の話であって目に見えるものではない。ただ、遊んでいるだけである。
しかし、お腹を見られている恥ずかしさなのか、彼女の言葉なのか。
彼は思わずツッコミを入れて、捲られていたシャツを戻していた。そう、彼女の頭ごと
なお、彼の着ているシャツは寝巻きである。そして彼女に強奪されることの多い、普段着るサイズより一回り大きなシャツ。
更に彼女が着るからなのか、全体的に伸び伸びになっている。
具体的にいえば胸部と
だから彼女の頭など簡単に覆えてしまったのである。
シャツを戻した瞬間、彼女のか細い悲鳴がシャツの中から響いてくる。
悲鳴を聞いた彼は慌ててシャツを持ち上げて謝罪していた。すると。
「すぅ~。ふぁ~。えへへ~♪」
「……とりあえず、離れろよ?」
「……ふぁ~い♪ ……ふふ♪ ……」
彼
そんな彼女の後頭部に、
彼の言葉を受けて彼女は目だけを彼に向け顔を埋めたままで返事をする。
こそばゆさと熱をお腹に受けた彼は苦笑いを浮かべる。そんな彼の表情に満足したのか彼女は笑顔を浮かべて顔を離すのだった。
「とにかく、作品の進行が多重人格だと困惑するだけなの。視点って言うのは最初から最後まで基本的には統一しないとダメなんだよぉ?」
「わ、わかった……って、基本的には? 原則みたいなことなのか?」
彼女自身が多重人格なのではないかと疑うほどに、真面目な顔で説明を続ける彼女。
そんな彼女の切り替えに戸惑いの表情を浮かべながら納得しようとしていた彼だったが。
彼女の言い放った「基本的には」の部分に疑問を持つ。
これは小説のルールのはず。なのに基本なのか?
そんな考えを持った彼だったが、小説の作法において原則と言う説明を受けていた彼は、言葉の真意を聞こうと彼女の説明を促していた。
「そうだよぉ? 基本的には小説の視点は変えちゃいけないの。だけどね……絶対じゃないんだよぉ」
「どう言うことだ?」
「まぁ、これは一人称だけなのかも知れないけど。一人称の小説だと、どうしても主人公の視点で話が進むよね?」
「……そ、そうなんだよな……」
彼女の言葉に恥ずかしそうに答える彼。話が進んでいないことを恥ずかしく思っていたのだろう。
「だけどぉ……実はお兄ちゃんのような書き方は間違いじゃないの」
「――そうなのかっ?」
「あくまでも書き方が間違いじゃないだけで、使い方は間違っているよ?」
「そ、そうなのか……」
彼女の言葉を受けて一瞬喜ぼうとしていた彼だったが、結局間違いだと突きつけられて
そんな彼に苦笑いを送っていた彼女は言葉を繋げる。
「つまりね? 別に視点を変えることは間違いじゃないの」
「そうなのか?」
「そうだよぉ♪ だけど、視点を変えるのは話の切れ目なんだよぉ~」
「話の切れ目?」
彼女の言葉に疑問を覚える彼。
「そう……例えば、一話完結の三部作があるとするよね?」
「お、おう……」
「一話完結の三部作。それも完全独立のオムニバス……三話を読み終えて完全補完できる作品ねぇ~。お兄ちゃん、第一話の半分で第二話が差し込まれて戸惑わない?」
「そんなの戸惑うだろ?」
「でしょ~?」
彼の言葉に微笑みを浮かべて言葉を紡いだ彼女。
わかりやすく説明するならば算数の九九を思い出してほしい。
彼女の言いたいのは七の段を口にしながら「七四、二十八。七五、三十五……九六」などと、途中でいきなり九の段に移行して戸惑わないかと言うことだ。
これを小説でしているのと同じなのである。
読者は、描かれている視点。つまり七の段だと理解して進めていく。
それが話の途中で別視点が差し込まれる。つまり途中で九の段に切り替わっているのと同じなのだろう。
それを戸惑うなと言うのが間違いではないだろうか。
「でもさぁ? 第一話を読み終えたあと……第三話になったら、どう?」
「ん? まぁ、第一話が終わっているんだったら、独立した話なんだし、先に第三話を読んでも特に問題ないような……あ……」
「そう言うことなんだよぉ~♪」
理解を示す彼の表情に満足そうに満面の笑みを|溢す彼女であった。
彼女の言いたいことは、七の段で「七九、六十三」まで答えて数秒してから九の段に移ったようなもの。
さすがに九九全部を「一一、一」から「九九、八十一」まで
つまり八の段を飛ばしても何も戸惑いはないはずだ。そう、先に九の段を終わらせてからでも八の段は普通に計算できるのだと思われる。
「だから、話が一段落ついてから視点を変えるのが絶対なんだよぉ~♪」
「なるほど……でも、変えることは、いいんだな?」
「それは大丈夫だよ? 一人称の小説なら私だって普通に視点変更を使っているからねぇ~♪」
「そうだったな……わかった」
彼女の言葉に納得する彼であった。
要するに、小説において中途半端な部分で差し込むことは戸惑いを覚える以外にない。
必ず、話の展開を一旦終わらせて別の視点で書き始めること。
そう、『視点を無闇に変えてはいけない!』だけであり、視点を変えることは悪いことではないのである。
特に一人称の場合。どうしても主人公目線で話が展開される。
それでは周囲の人物の感情や思考が、まったく理解されないのである。
「そんなことないだろ? 周囲の人物の感情や思考なんて主人公に語らせれば、会話で相手に言わせれば問題ないじゃないか」と言う者もいるかも知れないが。
本来そう言った神視点行為を、私は一人称小説において『禁じ手』なのだと考えているのだ。
神視点とは、主人公に作者の思考を語らせること。相手に作者の思考を語らせること。つまり、作者の
そう、作者が登場人物を意のままに動かして物語を進行する。台本のように登場人物へ演じさせるのが神視点である。
一人称視点の作品とは。
主人公の目に映ることしか描けない。そして主人公の脳内での感情や思考しか描けないのが一人称だと考える。
だから目の前の相手の行動については、主人公が想像する答えしか理解できないのが一人称。つまり現実と同じなのだろう。現実と同じなのだから相手の会話も自然でなければいけない。表面に見せない感情や心情だって存在するのだ。
つまり相手の感情や思考について、小説上では主人公の考えしか描けない。簡単に言ってしまえば正解なんて描けないのである。
だから複数の視点を使い、相手の心情や考えを読者に理解させるのが視点変更なのだろう。
私の本編では、彼の一人称で描いている。
つまり彼の目で見える範囲を描き、彼の感情や思考を描いている他ならない。
しかし、彼の感情や思考だけでは彼女の心情など理解できないのだと思う。
以前の本編修正前の時。彼女視点を使わずに兄妹のやり取りだけで進めていたのだが。
「彼に都合のいい妹にしか見えない」と指摘されたことがある。
私的には最初から彼女の心情を理解していたのだが、読者には伝わる訳もないのだろう。
だからこそ、私は早い段階で彼女側の一人称。つまり本心を描いたのだ。
そうすることで、彼から見た彼女の描写と心情表現からでも「彼はこう考えているけど、彼女は実はこうなんだ」と読者に推理をしてもらう。
つまり行間を読んでもらえることができると言うことなのである。
そう言う理由からも、視点と言うのは切れ目で変えるべきだと思う。
切れ目とはシーンとシーンの
つまり、視点を戻した時に続く話は、変更前の話とは別の展開であると言うこと。展開は必ず終わらせてからにすること。
場面転換には空行と記号を用いるのが効果的だろう。
その際、たまに目にするのが『Side』と呼ばれるものであるが。
本来『Side』とは主人公にも使われていることから同格の人物にしか使えないのだと思う。つまり、小説の文量的に同格でなければいけない。複数主人公と言った方が簡単だろうか。
つまり全員が同じように、それぞれの視点で進行する。数冊の別視点小説を一本化したのが『Side』だと思うのだ。正直これは倍以上の展開を考える必要があるので大変なだけである。
もちろん、大抵の者は私の言う「普通の補足説明程度の視点」を書いているのだが、本来の『Side』とは、こうなのだろう。
つまり、普通に補足説明程度の別視点では、地の文で早々に誰なのかを
そうすることで読者は話の切れ目で一度整理して、別の視点だと理解して読んでくれるのだろう。
なお、二人称及び三人称は主人公以外が登場人物を見て描いているので、一人称よりは視点変更が楽なのかも知れないが、同じように読者への理解を深める為に、場面転換以外では変更しないことを提案しよう。
■
「さてと……」
「お、おい、何やってんだよ?」
彼の納得の表情に笑みを溢していた彼女だったが、突然彼のシャツを捲ろうとしていた。そんな彼女に
「ん~? 私の話に一段落ついたからぁ、私と結婚したい多重人格のお兄ちゃん視点の話を進めようと思ってぇ~」
「だから、いないってー!」
話の切れ目だから自分視点の話ではなく、彼視点の話を進めようとしていた彼女。
当然からかっているだけではあるが、彼女の瞳に本気を感じていた彼。
困惑の表情を浮かべつつ必死に抵抗する彼なのであった。
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