第2話 プロローグとエピローグの意味

「それでねぇ? 気になったんだけど……お兄ちゃん、プロローグって何か知っている?」


 からんでいた腕から離れると、唐突とうとつに彼へと質問をする彼女。


「え? いや、小説の最初に書かれる話だろ?」

「うん……半分正解、半分間違いってところかなぁ?」

「そうなのか?」


 そんな彼女の質問に答えた彼を眺めて苦笑いを浮かべて答える彼女。

 彼女の言葉に疑問の表情を浮かべる彼なのであった。

 今回、彼はプロローグと題した冒頭部分を修正し終えていた。

 彼の言葉通り、プロローグとは小説の冒頭に書かれるものである。

 ライトノベルやネット小説などでもプロローグと題して文章が始まるのを知っている彼は、普通に真似まねをして書いたのだろう。

 しかし彼女の答えは「半分正解、半分間違い」なのだった。


「そもそも、ね? ……」


 そう言葉を繋いだ彼女は視線を落としてメモ帳に何かを書き出す。



『プロローグとは――プロモーションログ。

 エピローグとは――エピソードログ。』



「……こう言うことなんだよぉ~♪」

「いや、まったくわからん……」


 書き終えた彼女は視線を戻してドヤ顔で言い放つのだが、当然理解など追いつかない彼は困惑こんわくぎみに答えるのだった。

 ご理解いただいているとは思うが、これは彼女の考えであり、私は同意できるが正解ではないことを付け加えておこう。


「つまりねぇ? プロローグって言うのはプロモーション。小説本編の宣伝みたいなものなの」

「ほうほう……」

「そしてエピローグはエピソード。本編後の余韻よいんみたいなものなんだよぉ」

「なるほど……」


 彼女の説明に曖昧あいまい相槌あいづちを打つ彼。

 なお、ログとは木材の丸太と言う意味もあるのだが、日々に起こった記録と言う意味もある。

 ネットなどでは後者で使われているのである。

 

「要は、この二つって……本編じゃないんだよ?」

「お、おう?」

「簡単に言ってしまえば、この二つは――本編と切り離して、仮に二つを読まなくても、本編が成立しないと意味がないの!」

「え?」


 彼女の言葉に驚きを隠せないでいた彼。

 そんな彼を見つめて彼女は言葉を繋ぐ。


「だって、お兄ちゃん……だからプロローグとエピローグって、わざわざ本編とは区切っているんじゃないの?」

「ん?」

「そうじゃないなら、普通に第一話で済む話でしょ? 最初から本編にすれば問題ないじゃん」

「お、おう……」


 彼女のあきれ顔で紡がれる言葉に冷や汗まじりの顔で相槌を打つ彼なのであった。


 プロローグやエピローグとは、小説において必須項目ではないはずだ。

 この二つがなくても小説としては機能するもの。

 だから普通に第一話から書き出しても誰も文句は言えないのである。あくまでも本編が小説としてメッセージを送る部分であり、話の本筋なのだから。

 伝えたい部分が成立していれば小説としては成り立つのだ。

 それなのに大抵たいていの作品が第一話の前に、わざわざプロローグと言う章――プロローグのことを序章じょしょうと呼ぶ。意味は、本論にはいる前に置く章となっている。

 つまり、第一章の前に序章を置く意味。

 なぜ、プロローグとエピローグが存在するのだろうか。

 彼女は、その部分について疑問を感じていたのである。


「プロローグって言うのは、簡単に言えば……お店の看板かんばんとか外観がいかんなんだと思うの」

「ほう?」

「そのお店が何を売っているのか。どんな雰囲気ふんいきか。それが理解できれば安心して中に入れるでしょ? だから、小説だって……パッと見た時に内容が何となくでも伝われば問題ないの」

「へぇ?」

「つまり、内容は進めずに外側だけを伝えるのがプロローグなんだよ? 内容を進めるのは本編なんだから。お店の入り口で詳細しょうさいなんて知る必要もないし、知らせる必要もないんだからね?」

「なるほど……」


 彼女の言葉に相槌を打つ彼だったが、自分の間違いに気づき苦笑いを浮かべていた。


「それなのに、お兄ちゃん? こんなに長い……それも話が始まっちゃっているプロローグはプロローグじゃないんだよぉ~」

「……だな?」


 予想通りの言葉を困惑ぎみに口にする彼女に「やっぱりな?」と反省する彼なのであった。

 そう、彼はプロローグと題して……五千文字程度書いていた。更に、本編で展開する部分を当たり前のように書いていたのである。

 もちろん文字数が多いことは問題ではない。実際に数ページにも渡るプロローグのあるラノベも存在する。

 それ以前に、私の二次小説にはグランドプロローグとして三万文字以上の作品がある。

 つまり文字数の話ではないのだ。

 注意する点は、プロローグが本編に到達しているか、そうでないかの一点のみである。 


 プロローグとは宣伝、お店の入り口の看板。つまり作品を読む目安になる部分であって、中身を見せる場所ではない。

 あくまでも中へと誘導するのが目的である。

 そう、小説において重要なのは本編。プロローグとエピローグは小説をいろどる入り口のディスプレイだと考えよう。

 この二つは切り離しても話が通じる――

 まったくの無関係ではないが、核心部分や展開は伝えない。逆に言えば展開が一切進まないのがプロローグ。

 具体的にげれば、本編の時間を基準に、過去や未来。過去の回想や、本編解決後からの思い返し。

 もしくは世界観の説明。視点や重視する部分の外側からの説明。

 プロローグを読み飛ばしても話が成立するかどうか? 

 アニメで言うならば、プロローグ程度のアバンと呼ばれるシーンの後にはOPが入るもの。

 そこで話は完全に区切られるのだ。

 そう、プロローグと第一話の間には場の展開を大きく変えられる効果がある。

 だからこそ、本編とは別の展開から、すんなりと誘導ができるのだと思われる。

 正直同じ展開、続きならば意味はないのかも知れない。

 そう考えれば理解できるだろうか。


 つまり、彼の場合。

 文字数が多いことよりも構成力か、はたまたプロローグを理解していないからか。

 どちらにせよ、プロローグ終わりで大きく展開を変えられる場所に、本編に当たる部分まで書いてしまったのが原因なのである。 


 なお、私の場合。

 大抵の作品が本編から書き始めて、ある程度話がまとまってからプロローグをもうけることが多い。

 先の三万文字以上のグランドプロローグも第一部が完結する直前に書き足したものである。

 それは単純にプロットがないからなのではあるが。

 ある程度話の筋道を決めないことには、本来プロローグが作れないからなのである。


 ここで当作品の本編作品ではあるが、プロローグがどのようなものか例に挙げてみよう。

 



◇プロローグ◇


 ――なんでアニオタがアニメを好きじゃないといけないの?


 まさに曇天うんてんとどろく雷のように、俺の脳内へと響いた言葉。

 アニオタ。それは世間一般的に浸透しんとうしつつある総称の一つ。

 日本の誇れる文化。

 キャラクターを描いて動かし、キャラクター達の周りに住む世界と季節と時を与える。

 キャラクターに命を吹き込むべく、声優さんが声を与える。

 シナリオと言う、人生の指標しひょうをキャラクターに与える。

 そして音楽や効果音を添えて、画面の向こうに一つの世界を生み出す技術。

 アニメーションと呼ばれる、日本が誇れる文化の一つ。

 そう、日本が世界に誇れる文化であるアニメーション。いわゆるジャパ二メーションと言うやつだ。


 俺の好きなゲームのサブヒロインの子が――

「ジャパ二メーションは宇宙一!」

 と豪語ごうごしていたから、きっと間違いないのだと思う。


 そんなアニメーション。まぁ、アニメで通用するからアニメにしよう。

 アニメをこよなく愛し、精通せいつうしている種族。

 当然、アニメの数だけ愛する形は存在する。

 さらにアニメの中でもキャラクター。シナリオ。音楽。声優さん。その他もろもろ。

 そう、一つの作品の中だけでも愛する場所は無数に存在しているのだろう。

 さらに愛する場所が違えば、愛し方も違う。

 映像の円盤に走る者。音楽の円盤にこだわる者。グッズにハマる者。声優さんに熱を入れる者。イベントに命を燃やす者。そして、作品の世界観そのものに魅了みりょうされる者。

 更に、自分の手で新たに世界を広げようとする開拓者のごとく、共存を求める者達。その他もろもろ。

 一言で言えばアニメを愛する者だが、中に入れば無数に存在している種族の総称。

 それがアニオタ。アニメオタクなのである。

 ――と、今までの俺は認識していた。いや、できることなら、このまま一生認識させてほしかったんだけどな。

 

 これは俺の目の前に突如現れた、新たなアニオタの認識。


「――えっ? だってアニオタって『アニキオタク』の略だから!」


 さも、それが世界基準だと言わんばかりに豪語しやがった人物によって、綺麗さっぱりと塗り替えられそうになっている俺の認識。

 そんな侵略者の魔の手から、俺の知っている認識であるアニオタ。

 そう、アニメオタクこそが、この世の真のアニオタなのだと。

 魔王の手から平和な大地を取り戻すべく、果敢かかんに立ち上がった勇者のごとく!

 俺の平和なアニオタ人生を取り戻す為に奮闘する話なのかも知れないが、それほど大した話ではないのだった。



 とは言え、本編を読んでいないと理解できないのかも知れないので、その点については申し訳なく思う。

 簡単に説明するならば、本編ではアニオタについての兄妹の価値観の違いからくる日常を中心に。

 周囲の人物とのやり取り。そこから導き出される彼の心情の変化。

 そんな話にしている……はずである。

 

 今回のプロローグでは実際に彼女が紡いだ言葉を盛り込んで「アニオタとは何か?」を彼が本編へと誘導する形式を取っている。

  

 とは言え、あまり伝わっていないかも知れないが。

 基本「こんな話が書きたいな?」と、頭で思い描く話の展開以外の場所を書くのがプロローグ。

 だから最初から無理にプロローグを作って書き始める必要はない。

 最初は本編だけで進めて、ある程度話がまとまってから冒頭部分を読み返し、「入り口としては弱いな?」と感じたのなら本編に関係ない部分。ヒント程度の内容を入れて追加で書き足せば問題ないのである。


「それと同じなんだろうけどぉ……お兄ちゃん、修正前の……もう一度見せて?」

「ん? お、おう……ほいよ?」

「ありがとう♪ ……むぅ~」


 彼女は彼に修正前のを見せてとお願いする。

 口ごもって言葉をかき消していたが、一瞬苦笑いを浮かべていた彼女。

 彼には彼女の言おうとしていた言葉が「小説もどき」なのだと感じたのだろう。修正を開始している現在、彼女はあえて口にしなかったのだと思われる。

 同じように苦笑いを浮かべて返事をした彼は、床に置いてあった修正前の紙のたばを差し出す。

 笑顔で礼を伝えた彼女はペラペラと紙をめくり、お目当ての部分を見つけて顔をゆがませていた。

 とは言え、「だったら読むなよ」とは彼も考えておらず。否、彼女の意図に気づいたのだろう。

 苦笑いを浮かべて彼女を見つめていたのであった。


「……うん。やっぱりエピローグにまで話が繋がっちゃっているよね?」

「そうだ、な……」


 彼女が視線を彼に向け紡いだ言葉に「やっぱりか……」と言う気持ちを含ませた苦笑いで返す彼。

 彼女はただ「エピローグがエピローグであるか」を確認したかっただけなのである。


「さっきも言ったけど、本編の話は本編で完結しないとダメなんだよぉ~」

「確かに、そうだよな……」


 彼女の言葉に納得の声を漏らす彼。

 彼の書いた小説では、本編を突き抜けてエピローグで話を完結させていた。

 クライマックスシーンまでを本編で書き上げ、エピローグで解決させていたのである。

 内容を思い出した彼は「だから余韻を感じなかったのか」と考えていたのだろう。

 

「そう……エピローグはエピソードログ。話を全編読み終えた後の余韻なんだから……言ってみれば、作品内の『あとがき』みたいなものなんだよぉ~♪」

「なるほど……」


 彼女の言葉にうなずくと、メモ帳へと視線を落として彼女の言葉を書き記す彼なのであった。


 書籍を読まれる方なら知っているとは思うが。

 小説には最後に『あとがき』と言う作者の言葉が書かれている。簡単に言えば読者や関係者への礼なのだが。

 エピローグとは作品内における登場人物の『あとがき』なのだと彼女は考えているようだ。

 本編後の後日談。「このあと、どうなるの?」と言う展開を少しだけひも解くのがエピローグ。

 ラノベでは続編として何冊に及ぶ作品も少なくない。その為に、次の話への橋渡しをメインとして描かれていることもある。

  

 プロローグとエピローグをスポーツに置き換えるならば。

 プロローグとは本番前のウォーミングアップ。そしてエピローグは本番後のストレッチなのだろう。

 こう考えていただければ本番に割り込む間違いが理解できるかも知れない。

 なお、エピローグについては最初から話の最後に書くものだから、普通に話の最後に書けば大丈夫だろう。


「そう言う理由でぇ~、これから私のプロポーズプロモーションログを、はっじめるよぉ~♪」

「どわぁ! 抱きつくなー!」


 説明を終えた彼女は、両手を広げて嬉しそうに宣言すると彼の胸に飛び込んでいた。

 思わず声を発した彼は抵抗ていこうこころみたのだが、そのまま彼女に押し倒されてしまう。

 とは言え、彼女のプロローグはすでに本編へと突入しているのではないか? 説明とは違うじゃないか?

 彼はそんな疑問を覚えていたのだが。

 実際には彼女のプロポーズプロローグを読もうとしていなかった彼なのだ。

 つまり、入り口にすら到達とうたつしていない。彼女にとっては、単なる『あらすじ』でしかなかったのだろう。

 だからこそ、ちゃんと読んでもらおうとしているのである。


 なお、あくまでも彼女のプロポーズ物語はプロローグだけ。本編には到達しないことだけは知らせておこう。

 しかし、プロローグだからこそ読む時間を考慮こうりょに入れ、再び少しの休息をはさむ二人なのであった。


 

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