終-4 お互い元気で B Side

第78話 お互い元気で!

「そうか……」

 率直に残念だと思った。

 折角いろいろ話せる友人が出来たと思ったのに。

「色々悪いな、糀谷さん。色々な事をやって貰ったのに」

 三崎君が申し訳なさそうな顔をしている。

 だからついつい擁護したくなってしまう。

「でもここにいてもやることはあまり無いでしょ。なら旅に出るのは間違っていない。パトロールは継続してくれるみたいだしね」

 そう。

 旅に出るのは正しい。

 それはわかっているのだけれど。

「サイバーテロの方は巡回プログラムを組んでおいたから大丈夫だよ。まあ使える脆弱性が減ったからさ、当分はここまで大規模なものは無いと思うけれどね」

 知佳がそう言ってくれる。

「そうか、ありがとうね」

 私は礼を言って。

 そしてこちら側で彼女らのことを知っている、2人の事を思い出す。

「それでこっちの三崎君や知佳にもお別れは言った?」

「ああ、本当は僕はそっちの知佳と挨拶する予定は無かったけれどさ」

 三崎君は肩をすくめてみせた。

「何で?」

「一応知佳とは会わないって約束だったからね。マインド・アップロードの事がばれた今となっては意味は無いけれどさ」

「でも話せて良かったじゃない。気にはなっていた筈だよね」

「その気になれば何時でも様子伺いは出来るしさ。そう思っていたんだ。

 実際話してみて、前と同じ感じに戻っているのを確認出来て良かったけれどさ」

 何時でも様子伺い出来るか。

 向こうの三崎君は気軽にそう言うけれど。

「こっちはそういう距離感覚はないけれどな」

 実際の人間がアメリカの西海岸まで行くには、飛行機でも……

 何時間かかるんだろう。

 行った事が無いからわからない。

「実際はこっちでも結構距離による遅延はあるんだよ。だからよく使うデータとかは近場に置いているしね」

 ネット側ではその程度の距離なのだろうけれど。

「それにしても、しばらくの間か。どれ位かかるんだろう。何もかも変わってしまったりして。もはや私がわからないくらいに」

 私は冗談めかして言うけれど、実はちょっと本当に不安だ。

「それは無いさ。僕が僕であるデータは残り続けるからね。何重にもバックアップしてあるしさ」

「データとプログラムでなる意識体として、この形態に合わせた姿なりパラダイムなりを探すのが目的だけれどね。それでも私が私である部分は残り続けるよ。メイのことも、ずっと」

 三崎君も知佳も、そう言ってくれる。

 それならば、だ。

 彼女達はそんな記憶を持ったまま、時間と共に姿を変えていくのだろう。

 次に私が会う時も、その先も、私が死んだ後もずっと。

 そういう意味では、私と彼女達はは全く違う存在だ。

 時間感覚も距離感覚も、生きている世界すら違う。

 それでもやっぱり彼女達は私の友達だけれども。

 私も少しずつ変わっていくのだろう。

 人間だから彼女ら程の速度も永続性も無いけれど。

 知識も考え方も、外見も立場も変えていくのだろう。

 それでももし、彼女達に会いたいと思ったら。

 また友達として会えるし、話す事も出来ると思う。

 こっちが本当に必要があった時にはきっと駆けつけてくれるに違いない。

 どんなに変わっても私が私である事と同じかそれ以上に。

 彼女達は彼女達であり続けるそうだから。

 たったゴールデンウイーク後半だけの付き合いだったけれど。

 それでも、きっと。

「じゃあ向こうに行っても時々連絡は頂戴よ。絶対に」

「勿論。前向きに努力します」

 知佳がそんな返事を返してくる。

「それって書かないという常套句じゃないの」

「大丈夫、ちゃんと知佳に書かせる」

 おいおい三崎君。

「三崎君も書くんだよ。勿論」

「わかった、善処する」

「三崎君まで!」

 なんておふざけ少々した後に。

「それじゃ元気でね。元気という定義がよくわからないけれど」

「わかった。メイも元気でね」

「またな」

 2人は立ち上がる。

 その姿に私はささやかな疑問を感じて質問。

「ところでそのトランクとかは何か意味があるの」

 いつの間にか2人の手にあった大型トランクについてだ。

「旅に出るという演出よ。お約束で」

「外見は全てデータ、でもだからと言って省くのは寂しいだろ」

 ならば、だ。

「知佳のトランクの中、花月朗のコスチュームは入っているの?」

「もう!」

 知佳が笑う。

「あれについて、皆が馬鹿にするんだから」

「でもあれを考えたのは知佳だろ。花月朗かげろうという名前も。自業自得だ」

「だからあれは聡が少年探偵団を好きだったから、その世界に近い設定で……」

 はいはい。

「そうやっていちゃついていないで、さっさと出かけなさい。お元気で」

 話が終わらない。

 まあ茶々を入れまくっているのは私だけれど。

「糀谷さんこそ元気で。では、また会う日まで」

「またね」

 今度こそ2人は去って行った。

 文字通り、姿が消える。

 寂しいな、と思うけれどしょうが無い。

 彼女達は私と違う世界の住人なのだから。

 それじゃ、ネット上の三崎君と知佳、さようなら。

 何時かまたあう日まで、お互い元気で。

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