終-3 まずは手近なところから C Side
第77話 まずは手近なところから
「そうか、旅に出るんだ」
私は向こうの知佳の話を一通り聞いた。
ディスプレイ越しに、だ。
VRアダプタは親に封印されて使えない。
買い直しは結構かかるので小遣いからは無理。
まあ親の気持ちもわからないでも無い。
この事件の発端は私がやらかしたマインド・アップロード。
結果世界を救ったんだぞと思うのだけれど、証拠は何処にも無い。
そんな訳でしばらくは大人しくしてようと思う。
そう、リハビリが終わるくらいまでは。
「確かにね。私や聡と違った考え方に出会わないと進化は無理だよね」
向こうの知佳の話は納得できるものだった。
聡と一緒に旅に出ること。
自分の在り方というか、考え方を見直してみること。
他の同じような存在を探してみること。
ただ疑問がひとつある。
「でもAIのような存在も進化を求めるものなのかな?」
「理屈と言うより衝動的なものね。生物で言う本能のようなものかな。何故そんなものがあるのかはわからないけれどね。でも目的が無いとやることも無いし」
「そうだね」
彼女は今でも世界有数の知性だ。
随分私から遠くなってしまったと思う。
でもそれはしょうがない。
ハードウェアの違いは如何としがたいのだ。
彼女自身はソフトウェア的存在だけれど。
「でもサイバーテロのパトロールは続けておいてくれると助かるな。多分そっち以上の使い手っていないだろうし。今回は本当に危なかったみたいだしね」
ルートサーバの半分が落とされるなんて洒落にならない。
今回の事案は記録ではどうなっているのだろう。
まだ英文でも正規の発表はされていない模様。
どこまで真実を掴んでいるか確かめてみたいな。
「うん。パトロールは走らせておくよ。今回で色々ゼロディ脆弱性が明らかになったから、当分は大丈夫だと思うけれどね」
「ありがとう」
ちょっと安心。
「それにしても、今回はやっぱり私1人では無理だったなあ。聡の攻撃的発想が無いと多分、終わっていたと思うな。まあそれも旅に出る理由のひとつなんだけれどね」
なるほど。
自分にない考え方を求める、という訳か。
それが彼女のような構造体には進化になる訳だ。
肉体に縛られている身としてはちょっと裏や悪しい。
なのでそんな思いをそのまま口に出してみる。
「ちょっと羨ましいな。私なんて今は歩くのも大変だし、授業で遅れた分を取り戻すのも大変だし。
それにこっちの聡はメイに興味を持ち始めているしね。まだ本人に自覚があるかどうかはわからないけれど」
向こう側の私、ちょっと呆れ顔。
「だったらメイを焚き付けるような事は言わなかった方がよかったんじゃない。そのくせ私にも聡に対して言わせたよね。もっと周りを見ろって。それって明らかに逆効果じゃないの」
うん。
それはわかっているんだ、私も。
でもね。
「それはそれ、これはこれ。私しか見ていないのは聡にとって良くない。聡の事を考えるとね、色々周りを見た方がいいのは確かだよ。
私は聡を手放すつもりはないけれどね。3年分の有利なハンデも持っているし」
「その微妙に面倒くさい性格、何とかならないの」
彼女は苦笑してそう言ってくる。
「だけど全部本音だよ」
「わかっている。私の事だもん」
そう、彼女は私。
もともとは同じ存在。
「それじゃ、元気でね。どうせ拠点も下見済みなんでしょ」
「うん、取り敢えず北米のサクラメント。私に近い症例があってね。上手く行けば仲間に会えるかもしれないの」
「なるほどね」
下準備は隆々という事か。
まあそうだろうけれど。
「さて、じゃあお別れの挨拶の前に。そこにいるんでしょ、聡」
私は向こう側にいるもう1人の人格を呼び出す。
「今までの話は聞こえないようにしているけれど、居ることは居るよ」
やっぱり。
「呼んで」
「はいはい」
向こうの私のそんな返事の後。
画面の横から黒色スーツ上下にサングラスという怪しい格好の聡が出てきた。
「どうしたんだ。僕を呼び出すことは無かったのに」
「やっぱりお礼を言っておかないとね。そっちの知佳だけだったら、私は見殺しにされていたかもしれないしね」
「何でそう思う?」
「私だったら聡の方を優先させて、可能性の低い私の方は後回しにすると思う。そうならなかったのはきっと聡のおかげでしょ、違うかな」
「随分信頼無いのね、私」
向こうの私がそんな事を言う。
「当然でしょ。だって私だもん」
その言葉に画面の向こうの聡が苦笑した。
さては本当にそういうやりとりはあったんだな。
私はそんな事を思う。
「まあ元気そうで何よりだ。でもそっちの聡や糀谷さんをあまり心配させるなよ」
「うん、努力規定でいいなら誓うよ」
「これだから……」
わざとらしく頭をかかえる向こうの聡。
ただここで彼の口から糀谷さんの名前が出てきた事の意味。
本人は気づいているだろうか。
あと、こっちの聡も。
でもまあ、悪い事じゃ無い筈だ。
聡はもっと色々な人と関わるべきだろうし。
勿論最後はきっちり私が捕まえるつもりだけれども。
戦いは正々堂々、でもまだまだ私が有利な筈。
さてと。
「それじゃ、これでいいかな。また会う日まで、元気でね」
「ええ、そっちこそ」
「またな」
2人はそれぞれスーツケースを引っ張って画面から出ていく。
勿論それは彼女なりの演出なのだけれど。
さて。私も頑張らなければな。
取り敢えずはメイと聡にとって貰ったノートで授業内容の勉強だ。
ネット上の彼女達と違い人間の私は、まず足下の一歩から。
実際に歩くのは松葉杖なしでは不安なんだけれどね、まだ。
それでも何時かまた彼女達に会った日に。
私も少しは頑張ったんだよと言えるように。
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