第76話 いつかまた会う日まで

「そうだね。

 じゃあ聡、私達のような構造物アーキテクチャにとっての成長とか進歩って、どんな形だと思う」

 ちょっと考える。

「サブプログラムの追加とか保有プロセスやデータ容量の増加とかか?」

「それは服や装飾品を追加している程度の違いだな。僕らが言う成長とか進歩、そして進化というのはもっと違うんだ。

 言葉にしにくいけれどさ。強いて言えば設計思想アーキテクチャの変化だ」

「思想とか考え方の根本的変化、という事かしら。もともとの原型はそのまま保持するから、根本的に違う思想の追加と言うべきかな。

 例えば価値判断の方法や基準。善悪とか美醜とか利益の大小と違った基準とか。実際どんなものか出会っていないから、言葉には出来ないけれどね。

 自分からパラダイム・シフトを求めていく。そんな感じかな」

 言葉の内容を完全に理解出来たかというと、残念ながら出来てはない。

 それでもニュアンスは何となく伝わった気がする。

「それで具体的には何をするんだ」

「他の思考を持っている色々な存在との対話さ。最初は主に人間のアバターなのだろうけれどね。そのうち僕らと同じような存在に出会うかもしれない。それもまた目的のひとつであったりする訳だ」

「他に自律機械等も独自の価値基準を持ち始めているかもしれないしね。ただきっと、長い旅になると思うの。時間をかけないとわからない事も多いと思うから」

 ちょっと疑問を持ったので聞いてみる。

「それでもこっちとやりとりする事は出来るんじゃないか。今までサイバー攻撃を相手にしながら話していたのと同じように」

「部外通信による警戒とかをされたくないからさ。エリア外への自発的通信は出来るだけ避けたいんだ。それにその地方なりのローカル化そのものにもヒントがあるかもしれないし」

 なるほど。

 何となくではあるがやりたい事とその思いは感じたような気がする。

 ならば当然次の質問は。

「どれ位で帰ってくるんだ?」

 そう聞くべきだろう。

「ごめん。ちょっとわからないんだ。何せ何がどうなるのかすら、また私達にもわかっていない位だし。ただ間違いなくここに必ず帰ってくるのは約束するよ。

 ここは私達の生まれ故郷でもあるし、聡やメイ、そしてもうひとりの私がいる場所だから」

「まあ途中連絡くらいは入れるさ。とりあえず生きているよと」

「一応不死の意識体だから死なないけれどね。ネットワークが生きている限りは」

 そうだ。

 心配する事は何も無い。

 こいつらは僕よりよっぽどタフだし、知識豊富だし。

 ただ何となく寂しくなるな、それだけだ。

 口に出しては言ってやらないけれど。

 ならば僕がやるべき事はひとつだろう。

 彼らを気持ちよく送り出してやることだ。

「あと、お別れの前にひとつ注文かな」

 知佳がそんな事を言う。

「何だい」

「聡はもう少し、周りの色々な人に注意を払いましょうって事。前と違って、聡の為になったり好意を持っていたりする人がきっといるから。だから現実むこうでももう少し知佳以外の人に気を配って見た方がいいかな。そうでなくても聡はかなり鈍感な方なんだから。鈍感だという事を意識して、もう少し気をつけて周りを見てみて」

「それってどういう事だ?」

 向こうの聡は苦笑している。

 思い当たるけれど言わないぞ。

 そんな感じだ。

 そして。

 その答を言わないまま。

「さて、これくらいかな。それじゃそろそろ旅立つとしようか」

 聡の方が口を開いた。

 2人で立ちあがる。

「もう行くのか。唐突だな」

「こっちは情報構造体だからさ。その気になればナノセコンドの世界で行動出来るんだ。これでもゆっくり話をしたつもりなんだけどさ」

「そう言われればそうだな」

 確かに。

 人間に見えるけれど、本当は違う。

 違う世界の違う構造体の意識体。

 2人に続いて僕も立ち上がる。

「わかった。それじゃ、元気でな。たまには頼りを寄越せよ」

「ああ」

 2人は軽く頭を下げて。

 次の瞬間姿を消した。

 僕の視界には主のいなくなった、空いた席が2つ。

 僕はその席を見ながら思う。

 次に出会った時、彼らはどんな風に進化しているのだろうか。

 見た目の変化はどうでもいい。

 この世界では見た目などただの付加情報だ。

 問題は中身。

 まだこっちの考えを聞いて、理解してくれるような存在でいてくれるだろうか。

 人間こっちはもう彼らの考えや思いを追い切れないだろうけれど。

 案外人間嫌いになっていたりして。

 海外SFではロボットとか人工知能が敵なんてよくある設定だしな。

 でも、きっとそれは大丈夫な気がする。

 あくまで個人的な感覚だけれども。

 自分から別れて出来た存在だからではない。

 自分とは違う人格と認めた上での、友人としての感覚だ。

 僕の過信かもしれないけれど。

 僕も立ち上がる。

 そして空いている2つの席をもう一度見る。

 それでは、いつかまた会う日まで。

 お互い達者でいような。

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