終-2 別れの挨拶 A Side
第75話 旅立ちのお知らせ
さて。
親が完全に寝静まったのを確認して、僕は新品のVRアダプタを取り出した。
悪いが家の財布は僕が握っている。
貯金とあわせれば安物のVRアダプタくらい何とか買えるのだ。
なおこの付近にちょうどいいPCショップがないので通販で購入した。
偽名での買い方は以前に花月朗に教えて貰ったし。
今度のVRコネクタは安物とはいえ最新型。
今まで使っていた物より性能は上だったりする。
バッファ容量とか接続速度とか。
接続して直ぐにフォルダ移動。
移動先はいつもの有明オープンテラス。
相手2人は既に到着して夕食だか夜食だかを食べていた。
2人とも上から下まで黒ずくめ。
スーツに黒サングラスの、自称
同じく黒ずくめスーツ&スカートの女。
なお女の方は流石にあの花月朗スタイルは止めたらしい。
ようやくあのスタイルのおかしさに気づいた模様だ。
まあVR世界に中二病キャラクタは多いのだけれども。
「さて、今宵の案件は何だい」
僕は2人に尋ねる。
あの事件が終わった後も、僕はこの2人と毎晩会話をしていた。
VRが使えないのでパソコンの画面越しだ。
やっとVRでの再開という訳である。
やることは変わらないけれど。
「今宵の案件は2つだな。
まず1件目。今回の件の一通りについて、現実の方の知佳にばれたぞという事だ」
どういう事だろう。
「一通りって?」
「マインド・アップロードの成功、聡がマインド・アップロードをした事、メイに起こして貰った事など全部ね。まあ私が話したんだけれど」
こっちの知佳がそんな事を言った。
「何故話したんだ」
マインド・アップロード関係は話さない。
そういう約束だったはずだ。
この知佳も糀谷さんも同意してくれた筈。
「私を探すメッセージがあちこちに出ていたの。知佳なりに考えて、マインド・アップロードが成功したと結論づけたみたい。だからこっちから連絡をとったの。これ以上黙っていると危ない手段を使いかねないから。再マインド・アップロードとかね」
うん。
状況は納得出来た。
確かに知佳ならそれくらいしかねない。
「わかった。確かに仕方ないだろう」
こっちの知佳の判断はきっと正しい。
でもそうすると……
次に現実の知佳にあった時にどんな顔をしようか。
ちょっと色々恥ずかしいし面倒くさい。
「そしてもう一つの話だ。僕らはしばらくの間、旅に出る事にした」
旅だって。
台詞の唐突さと単語の意外さ。
その気になれば光の速度で地球の裏側へいける2人だ。
だから言葉の意味が僕には理解出来ない。
「どういう事なんだ。何をするために」
そして下らない事をちょっと思いつく。
「新婚旅行、なんて冗談じゃないよな」
「それもまた一興だけどさ、そうじゃない。
今は僕らの人格ユニットは日本の東京を起点にしている。言葉も思考方法も日本人だ。まあ原型が日本人だから当然だけれどさ。
でも今度はだ。ユニットの起点を他の国の他の場所に置いてだ。別の言語でアバター等と接しつつ、ゆっくりと時間をかけて色々探索をしたい」
ゆっくりと時間をかけて、か。
「何故時間をかける必要があるんだ」
「理由はいくつかあるんだよ。でも一言で言うと成長とか進化のため、かな」
成長とか進化か。
どういう事だろう。
僕には直ぐには理解出来ない。
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