第73話 私はわからない

 知佳は両手を使って立ち上がる。

「まず最初に。

 今回は本当にありがとうございました。

 他の人がいない場所という事で、こんなタイミングでこんな場所でしか言えなくてごめんなさい」

 深々と頭を下げた。

 何だろう。

 でもその前にだ。

「それはいいから取り敢えず座って。まだ立つのもやっとでしょ」

「うん、ごめんね」

 知佳が座ってくれたので一安心。

 なのでさっきの礼に対する感想を。

「私はそんな大した事はしていないけれど。せいぜいお見舞い行ったりノート取ったりした位で」

「もう1人の私に会ったよ。VR使えないからパソコン画面とイヤホンマイクでだけれども」

 えっ!思っても見なかった言葉にちょっと焦る。

 それはつまり、全部聞いたという事だろうか。

「色々不自然なところがあったからね。ちょっと考えてみた。その結果、聡が意識を失ったのは私と同じ理由だろうと思った。ならばマインド・アップロードは成功していたんだな。そう解釈して私を呼び出してみた。

 今は袂を分かったけれど、私は私だからね。考えそうな事はわかるんだよ。いくつか好きそうな掲示板にメッセージ出して、連絡してくれるのを待ってみた。結構簡単に会うことが出来たよ。向こうも私と話したがっていたし。

 会って、そして流れの全部は聞いたよ。マインド・アップロードに成功して私が気を失ったところから、メイが起こしてくれたところまで」

 つまり、全部か。

「本当にありがとうね。直接的に動いて貰ったほかにも。クラスへ全体の根回しとか、落ち込んでいた向こうの聡を励ますとか。本当にありがとう」

「ううん、学級委員だしね。その程度のこと」

 勿論本当は違う。

 でも本当の理由は知佳には言えない。

 知佳にだけは言えない。

 気づかれたとしても。

「話は変わるけれどね。聡は基本的には人見知りをする筈なの」

 えっ?

 突然三崎君の話になった。

 ちょっと私の心の対応が間に合わない。

 どんな表情をすればいいのだろう。

 知佳はそんな私に構わず続ける。

「人見知りというかね。他人に対して用心深いの。普通に話している時でも実は常に警戒している。滅多に本音を言ったり人を頼ったりする事は無い。

 まあ中学時代とは違って今の高校はまっとうな人が多いからね。徐々に変わるとは思うけれど。

 でも今回は聡、随分と知佳を頼っていたかな。頼っているというか信頼しているという感じ。正直ちょっと妬けるかな」

 ちょっと待って欲しい。

「私と三崎君はそんな関係じゃ無いよ。単に成り行き。

  ○ クラス委員で見舞いに行った時に話したり

  ○ その延長線上でノートを取る約束したり

  ○ 三崎君が気を失っているのをたまたま発見したり

 そんな偶然と成り行きだから」

 慌ててはいないよね。

 焦っているように見えないよね。

 そう思いながら私はそう弁解する。

 でも。

「聡はそう思っているかもしれないけれどね。私と向こうの私はちょっと疑っているかな。どこまでの話が偶然で、どこからの話が必然かなって。

 ひょっとしたら引き金は私が引いたのかもしれないけれどね」

 自分の掌に汗を感じる。

 知佳は何を言う気だろう。

 私を糾弾する、という雰囲気では無い。

 でもここまでの話は。

 知佳に三崎君に対する私の姿勢を糾弾されているような気がする。

 無論私に思い当たる事が色々あるからなのだろうけれど。

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