第56話 約束

「知佳が三崎君に隠し事をしているの、気づいている?」

 単刀直入に聞く。

 相手は三崎君部分も持っているけれど、頭の回転や知識はそれ以上の存在。

 だから小細工はしない。

 してもきっと無意味だから。

 ちょっとだけの間の後で。

「知佳の身体が目覚める可能性が、僕の身体が目覚める可能性より低いことかな」

 三崎君の答が返ってくる。

 驚いた。

 ほぼその通りだ。

 だから理由を聞いてみる。 

「知佳は秘密にしていると言っていたけれど」

「大体はわかるさ。知佳と中学3年間の付き合いだし。付き合いと言っても恋人ではなく仲間とか同志という感じだけれどさ。

 それに知佳が持っている情報と僕が持っている情報はほぼ同じだ。材料があれば知佳が何を考えているのか、何となくはわかる。人間的感覚の『わかる』と同じような感じでさ。

 だから僕は向こうの僕を目覚めさせるのを遅らせている。僕だけならもう必要な情報は揃っている。でも知佳にはまだ足りない。だから」

 知佳の企みは三崎君の予想内だった訳か。

 うん、でも。

「なら知佳さんの身体はどうするの」

「目覚めさせる。何としても」

 間髪を入れずに答が返ってきた。

 私はその台詞に力強さを意志を感じる。

 電話越しの、しかもコンピュータによる合成音声の筈なのに。

「確かに今の可能性は5割程度だと思う。症例が無いので5分5分という意味で。

 でも症例が無くてもさ。僕の身体の状態の延長上に知佳もいる筈なんだ。

 推論だっていくらでも出来る。参考になる事例を別の症例から引っ張ってきてもいい。実際、僕の動かすサブプログラムのいくつかは既にその辺を探し始めている。有効そうな方法論もいくつか出てきている。

 期限は5月いっぱい、手続きやリハビリ含めて5月25日金曜日。でもそこまで待つつもりは無い。5月6日にはケリをつける。このサイバー・ウォーと同じくね。

 ただ。例えそれで知佳が目覚めなくても。僕は何度だって試してやる。あの知佳が起き上がるまで、必ず。これは僕が僕である限り、例え身体が今の状態になったって変わらない僕の意志だ」

 再確認した。

 これは人間の三崎君ではないかもしれない。

 でもやっぱり三崎君だ。

 むしろこの状態だからこそ人間の時以上に本音をバリバリと言っている。

 ならば私の利益にとっては正しくないかもしれない。

 でも私も決意しよう。

 三崎君の今の返答に共感したから。

 今の三崎君がいいなと思えるから。

「なら三崎君のその意志に私も賭けてあげる。実は知佳からもらったプログラムがこのスマホに入っているの。でもそれを今、消去する。三崎君が三崎君自身と知佳両方に使える完全なプログラムを作ってくれると信じるから。

 だから約束して。私に期待させて。必ず三崎君自身と知佳を起こすって」

「ああ。約束しよう。賭けるものは無いけれどさ」

 いや違う。

「賭けるものはあるよ」

 私は続ける。

「三崎君が賭けるのは三崎君と知佳を起こすという結果。それに対して私が提供するのは、病院に忍び込むことを含むあらゆる行動。そして報酬は2人が学校に戻ってくるまでの全教科のノート。ただしノートは5月いっぱい分までね」

「わかった。約束しよう。そして、ありがとう」

「まあクラス委員だからね。しょうがないかな」

 本当はそれだけじゃない。

 それは自分でもわかっている。

 三崎君は気づいていないと思うけれど。

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