第55話 サイバー・ウォー

「でもそんなの、とてもじゃないけれど対処出来ないじゃない」

 絶望的なまでの多さだ。

 知佳のコピーが負けを覚悟したのがわかる。

 というかその状態から逆転出来るような技があるのだろうか。

「そう、守ろうとしても守り切れる状態じゃ無い。だから対処は防御ではなく、攻撃なんだ」

 えっ?わけがわからない。

「攻撃すれば書き換えがなおるなんて事は無いよね」

「書き換えられた処理系デバイスを全部直す時間は無い。

 でも書き換えられた処理系デバイスが不正な命令プログラムをダウンロードする先のサーバ。これはそこまで多くない。無論数百台レベルだし、ひとつが潰されても他がカバーするようにはななっているけれどね。

 これを攻撃しまくって落としてやるのは可能だろ。千億を超すデバイスを書き直すよりは」

 確かに。

 不正な命令を出す元が消えれば、その分手間は少なくなるだろう。

 でもそれでも数が数百台か。

 なにか、もう人間的感覚では無いな。

「壮絶な世界ね」

「更にだ。敵が操作しているコンピュータそのものにも攻撃を仕掛けてやる。どの世界も攻撃より防御の方が遙かに難しいものなんだ。サイバー戦争の世界も同じ。敵が自分の動きもままならない間に敵側のサーバを落としたり書き換えたりする。

 実は敵が攻撃に使おうとした書き換えられた処理系デバイス。これを利用して逆に敵に対して攻撃を仕掛けようと思っているんだ。ルートサーバを攻撃するんじゃ無くて敵のサーバを攻撃するようにね」

「正に戦争ね、それもかなり仁義ないタイプの」

 三崎君が頷いたような間があった。

「まあそうだね。でもこっちの世界ネットが現実からそれほど離れている訳でも無いと思うな。人間が作り上げたという意味では同じだし。行動原理も基本的に人間の価値観だからね。世界そのものの行動原理はそう変わらないと思うよ。他の存在が色々作り替えない限りね」

 他の存在か。

「それって神様とか、それとも宇宙人?」

「そんな遠い存在じゃ無いさ。例えばこの僕とか、ネット内にいる方の知佳とか。他にもいると思うけれどね。数が少ないから出会うのは大変だと思うけれど」

「でも三崎君、元々人間じゃない」

「コピーした時点ではね。ただ肉体に縛られないから、そのうち色々と違う形になっていくと思うよ。こっちの知佳も既に変わり始めているしね。人間時代の思考回路ルーチンも会話用に残しているけれど。

 例えば生物的な死亡。そんな概念もそのうち『理解はするけれど実感出来ない』状態になっていくんだろうな。知識もそう。考え方だって。きっと生物学的限界から離れた時点から、変容していくのだろうと思う」

 何かいきなり。

「壮大な話になったね」

「まあそんなに直ぐには色々変わらないとは思うけれどさ。それに僕が人間であった時の記憶はそれはそれで忘れない。単なる記憶だけじゃなく、物事の考え方も」

 そうか。

 私は気づいた。

 この人は三崎君だ。

 現実の知佳の友人で、私のクラスメイトだった三崎君だ。

 でも同時に、既に人間とは違う存在なんだ。

 もう現実では触れあうことのない。

 寂しさを感じる。

 そしてふと、試してみたくなった。

 この三崎君の人間部分を。

 触れあうことが出来ない、そして死なないこの三崎君の忘れないという人間部分。

 それはどれ位人間なのかを。

 だから私はこれから人として反則行為をする。

 知佳を裏切る。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る