第53話 知佳の病室で検査待ち

「こんにちは」

 そんな訳で、むしろ堂々と挨拶をして病室の中に入る。

 私はこういう度胸には自信がある。

 何せ小学校時代からずっとクラス委員長。

 面の皮は人の倍以上に鍛えられている。

「あ、糀谷さん、昨日は本当にすみませんでした……」

 三崎君のお母さんの言葉が長引きそう。

「いえ、たまたま偶然バッチを返す時気づいただけですから」

 だからそんな感じでささっと返しておく。

 バッチを返却した際、まだ三崎君のバッチが返されていない事に気づいた。

 一度玄関まで出たが気になったので戻ってみた。

 そして近くを探したところ、休憩室で三崎君を見つけた。

 表向きはそういうことにしてある。

 昨日から何度も色々な人に説明した。

 自転車を見て、でない理由は簡単。

 三崎君の自転車を知っているという状況を説明出来なかったからだ。

 それに行動的にはそんなに違っていない。

 クラスメイトにちょっと嘘をついただけで。

「それでどうなんですか。三崎君の状態は」

 本当はわかっているけれど心配そうに聞いておく。

 これも義理であり挨拶の一部だ。

「まだ検査中よ。もうすぐ終わると思うんですけれどね」

「検査が終わったという連絡は?」

「病室が2部屋向こうだから、必ず前を通る筈なの」

 これで三崎君の病室も判明した。

 一度家に帰ってもいいが、どうせやることも無い。

 せめて三崎君の寝顔を確認してからにしておこう。

 ただこの病室、居心地が良くない。

 ベッド1つは空いているしベッド2つは一時帰宅中。

 つまりいるのは知佳と三崎君の母親含む関係者だけなのだ。

「糀谷は小島の知り合いだったのか」

 先生が多分場つなぎのつもりだろう。

 そう質問してくる。

「ええ。中3の時の塾で同じクラスでした。名前も五十音で近いし、試験の時も前後の席だったですから」

「あら、そうだったの」

 知佳のお母さんが反応。

 そう言えばこの事を言ったのは今が初めてかな。

 でもまあいい。

「だから間接的に三崎君の事も色々聞いていたんです。最初は随分と小島さんが言っていた印象と違ったんですけれどね。話してみたら小島さんの言う通りでした。

 何か嫌そうな顔して、授業が終わった後までノートをまとめている変な人。最初はそう思っていたんですけれどね。

 でもノートを取っていたのは小島さんのため。本人はノートを取る習慣がそもそも無かった。だからノートを取るのが苦痛で仕方なかった。

 そうわかりましたから」

 私が言っているのは全部本当の事。

 嘘じゃ無い。

 言っていないことがあるだけで。

 そんな学校での様子を一通り話して。

「糀谷さん、ひとつ聞いていいかしら」

 三崎君のお母さんが口を開く。

「何でしょうか」

「知佳ちゃんと同じ症状で聡がこの病院で意識を失ったのって、偶然だと思う?」

 うっ、弱った。

 偶然と言えば偶然だ。

 三崎君がたまたま見舞いに来ていた時。

 ネットの方の知佳さんから連絡を受けたせい。

 でも見舞いにここに来ていた事が理由ではあまり良くない。

 知佳のせいでここで倒れたという感じに受け取られてしまいかねない。

 だから私はちょっと考えて。

「偶然かどうかはわかりません」

 そう答える。

「ただ、少なくとも三崎君の故意でも本意でも無いとは思います。三崎君は、小島さんと同じ病院で倒れて他の人がどう思うか気づかない程頭が悪くない。

 それにそういった反応を無視できるほど器用でも無いと思いますから」

 微妙に詭弁だし嘘もちょっと入っているけれどこれが私の本音に近い。

 そう。誰も悪くない。

 事故だったのだ、きっと。

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