第51話 嫌な奴は、誰?

「ところで、扱っている案件というのは今は大丈夫なの?」

「うん、聡のおかげで何とかなりそう。危ない勝負なのは変わらないけれどね、勝率は8割を超えたかな」

 そっちの方は心配なし、と。

「それで知佳と三崎君が意識を取り戻す可能性は」

「症例が少なすぎるから何パーセントとかは言えないけれどね。でも聡に関してはまず大丈夫だと思う。実は聡が知っている症例以外もいくつか見つけたんだ。上手く行った事例もそうでない事例も。だから心配しなくていいよ」

 微妙な言い方だな。

 それならば。

「知佳自身の方はどうなの」

「五分五分かな。数学的な話では無く日本語としても五分五分。これは聡には言わないでね。秘密にしているんだから」

 えっ。

 知佳はあっさりとした感じで言うのだけれども。

「何故。同じ症例なんじゃ無いの」

「いくつか違いがあるんだ。例えばマインド・アップロードの方法の僅かな違いとか。意識不明になってからの期間とか。同じ方法が通じるとは思うんだけれどね。でも聡の場合に比べると可能性は大分落ちるかな」

 そう、なのか。

「現実にはチートなんて存在しないんだよ。結果を導くためには一歩一歩積み重ねていくしか無いの。そして私の症例に対してはね。積み重ねるべき症例が明らかに不足している訳。

 だからメイにお願い。いざという時には聡を宜しくお願い。不器用だけれどいい奴なのは保証するから。あと頭の中身も。

 不器用だし知識の中身が偏っているのも確か、でもその分色々連れ回すと新しい発見もあるだろうし面白いよ。身長もそこそこ高めだし、顔もちゃんと髭剃らせて髪ととのえれば大丈夫だから。服装の方は限りなく無趣味だから適当に染めてやって。

 取り敢えず学力は問題無いし将来性もあるし。

 だから、お願い。いざという時、聡の中で私の事が過去という箱に収まるように」

 ちょっと待って。

「縁起でも無い事言わないでよ!」

「でも私にとっての最大の不安は聡。ネットが壊れる事でも世界経済がどうなるとかいう問題でも無い。だから最悪の場合、メイにお願いして聡だけでも目覚めて貰うつもり。手段も道具も教えるから。だからメイ、お願い」

「三崎君はまだ情報が揃っていないって言っていたけれど」

「聡を目覚めさせる情報はほぼ揃っているの。あれは私のミスリード。聡はこっちの世界でも英語が苦手でね、英語文献は全部私が読んでいる。だから聡は知らない」

 何という……

 私は返事が出来ない。

 色々、重くて。

「私が言うことを聞くと思う」

 そう言うのがやっと。

「うん、思う」

 知佳からはあっさり、そういう返事が返ってきた。

「私は嫌な奴だから何でも利用するよ。人のプライベートな気持ちだって。

 だからメイが私の事をどんなに嫌な奴だと思っても。それでも聡を助けてくれると思っているし信じている。

 試してみようか。これから、いざという時に聡を目覚めさせる非常用のプログラムを送る。もし拒絶するなら、スマホの表示で『承認しますか』が出た時に『いいえ』を選んで。プログラムは消えるから。

 あと、私直通の連絡がある場合用に、SNSで友達申請を出しておいたから。聡ではなくて私に連絡がある場合はそれを使ってね。

 じゃあ、これからプログラムを送るために一度通信を切るから」

 通話が切れた。

 そして私はスマホを確認する。

『非常用のプログラム S専用です。インストールしますか』

 表示が出ていた。

 躊躇うこと無く『はい』を押して思う。

 嫌な奴なのは知佳じゃない。

 きっと私だ。

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