第36話 花月朗の挨拶

「こんな可愛い幼なじみを隠しておいて、最近は糀谷さんにも手を出しているしな。無口な振りをした凄腕の女たらしと見た」

 もちろん馬堀は冗談で言っている筈だ。

 きっと多分。

「生憎そんな技は持っていない。中学時代はぼっち待遇だからな。あと小島さんは幼なじみでは無く中学からの知り合いだ。単にうちの学校志望者が2人しかいなかったから知り合っただけで」

 本当はもう少し複雑かつ面倒なのだがそれは省略。

 そんな下らない話をしていた時だ。

 スマホが振動し始めた。

 見ると花月朗からだ。

 何だろう。

 念の為糀谷さんに一声かけておく。

「ちょっと先にここを出る。僕の方は気にしないでおいてくれ」

 糀谷さんはちょっと驚いた表情。

 それでも。

「わかった」

 そう言ってくれた。

 だからカバンを持って病院内の休憩所へ。


 少し前までは病院内は全面的に携帯電話禁止だったらしい。

 今では一部の病棟を除きパソコンもスマホも使い放題。

 まあ電話で会話するのはマナーとして禁止だけれども。

 あと一部の高度治療機器使用者とその病室付近では未だにパソコン・スマホ禁止。

 まあそこには用がないので関係ないけれど。

 さて、僕は病室近くのロビー的な場所の隅のソファーに陣取る。

 自販機とかが置いてある休憩スペースだ。

 ここでコンセント1つを拝借してスマホに接続。

 そしてカバンからVRアダプタを取り出す。

 学校では使用しない約束だが万が一の為に持ってきているのだ。

 セットして接続、見慣れた個人フォルダに出る。

 テーブルセット1つに資料ファイルが詰まった本棚だけの空間。

 ただ今日は見慣れない来客が1人いる。

 花月朗だ。

「どうした。ここに来たことはなかったと思うけれど」

「一応プライベート領域と分けたかったからな。でも申し訳無い。非常事態だ」

 そう言えば何となく花月朗の様子がおかしい。

「どうした花月朗。らしくないな」

「かもしれないな」

 奴はわざとらしく肩をすくめる。

「『ローマ劫掠』の詳細がわかった。やはり巨大規模のサイバーテロだ。これでも色々手を尽くしているのだが、おそらくは阻止出来ない。

 聡君と会うのもこの連休で最後になりそうだ」

「なんだって」

 ちょっと待ってくれ。

 でも花月朗の様子は冗談を言っているとも思えない。

「なら全力で止めにかからないと」

「もうやっている。私の出来る範囲では全力で。ここにいるアバターは私の一部に過ぎない。あとの大部分の資源リソースは対処にあたっている」

 そうなのか。

 でも疑問は色々ある。

「花月朗が全力でかかっても止められないのか」

「所詮私は一介の集合体にしか過ぎない。ネット全体から見れば大した存在じゃ無いさ。数の暴力には勝てない」

「ならいっそ、花月朗の基幹システムだけは安全な単体サーバか、場合によっては僕が個人マシンを花月朗用に組み立てて移動すればいい。そうすれば花月朗だけでも生き残れるだろ」

 花月朗は首を横に振る。

「それでは意味が無いのだ。私はあくまで今のネットワークを前提にした存在だからな。僅か1月の進化だがそうなってしまった。もう元には戻れない。

 それに病院などのシステムも間違いなく被害を被る。例えば小島知佳は意識が無い。それなりのシステムに『生かされている』から健康なままで寝ていられるのだ。病院単体のシステムだけでは無い。流通まで含んだ全てのシステムが壊滅的な影響を受ける。だから少しでも攻撃阻止の可能性がある事はやっておきたい」

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