第29話 作戦を実行します

 うん、理解した。

 英文の方の内容は簡単。

『パソコンのVRが原因で意識が戻らない症状の14歳男子の回復例について。今回治療して回復した症例を紹介すると共に、この事案の特異な点と治療に留意すべき点を発表します』

 おおまかに約すとそんな感じだ。

 訳文が長ったらしくなっているのは三崎君のせい。

 好きで無い英語を丁寧かる正確に翻訳しようとする努力の空回りだ。

 でも確かにこれ、知佳さんの治療に役立つ可能性が高いかもしれない。

「うん、肝心の所が書いていない。でもこれでうたっている事が本当なら、参考になるはずだよね。それでこの論文、いつ出るの」

 取り敢えず英文の方の表面的な感想と、当然するべき質問を言っておく。

「今月半ば。でもメールもしておいた。同じような症例があるので先行して論文を送って欲しいと。文面は知り合いのネイティブに近い人に書いて貰ったけれどさ」

「でもよくこんな論文見つけたね。どうやったの」

 これは私の本音だ。

 この訳文だけで英語が苦手で嫌いな事が見え見えの三崎君が英語で書かれているこの情報を探すのにどれだけ苦労をしたのだろうか。

 私にはちょっと想像がつかない。

「ネットで検索して」

 彼はさらっとそう言う。

「なるほど、手を尽くしている訳か」

 そう、きっと手を尽くしているのだ。

 彼として少しでも出来る事を。

 ちょっと自己嫌悪。

 私は今、何をしようとしているんだろう。

 わかっている、三崎君に対する自分の興味を確かめようとしているのだ。

 もしこれがある種の感情だとするならば我ながらとてもとても罪深い。

 ここ知佳さんの病室にいる事を許されない存在。

 でも私は自分の興味を確かめるべく一歩を踏み出した。

 サイコロは投げられたし、ルビコン川は渡ってしまった。

 だから私は、進めるだけ。

 三崎君と私の間を詰める次の一手を。

「よし、それでは私も少し協力してあげよう」

 自分の落ち込みそうになる気分を高揚するように。

 私はあえて明るい口調で宣言させて貰う。

「協力って、何を?」

「三崎君っていつも嫌そうにノート取っているでしょ。特に英語と現国と古文。そのくせ結構綺麗な字で矢印等も使って結構見やすく作っている。あれはおかしいなと前から思っていたの。

 あれは全部、小島さんの為だったんだね。遅れを取り戻すことが出来るように。そして語学系は多分早樹君の苦手分野。

 だからこそしっかりノートを取るし、わからなければ放課後に質問に行ったりする。そうしないと教える自信が無いから。違う?」

 三崎君の驚いた顔。

 まずい、ちょっとストーカじみた観察だったか。

「よく見ているな」

 やっぱりそう言われてしまうけれど。

「私の机、三崎君の斜め後ろだからね。自然と目に入るの」

 ここは簡単な理由でおし通る。

 さあ、ここからが本番、頑張れ私。思わず手を握りしめる。

 でもそんな気持ちを見せずに出来るだけ明るく軽い口調で。

「さて、学級委員としての責務も含めてここかららが取引。

 語学系教科。つまり英語Ⅰと英語Ⅱ、現国、古文。この4つは私が責任もってノートを取ってあげる。もしわからない部分があればそれを教えるところまで。全部私が責任を持ってあげる。ただし5月いっぱい限定で」

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