第24話 取引のお誘い

 おばさんは大分疲れている感じだ。

 なかなか起きない。

 そしてこの病室、今日は人がいない。

 廊下側のベッドは昨日退院で空いている。

 他の2人は院内か近辺を出歩いている様子だ。

「だから小島さんの相手を見るの、楽しみにしていたんだけどな。小島さんは病気という理由で登校してこないからわからないし。三崎君は三崎君で一切そんな素振り見せないし。でも5月半ば過ぎたらそろそろ同じ学年のままいるのも難しいんじゃ無い」

 僕は頷く。

「先生には5月いっぱいと言われている。それを越えたら出席日数的に進級は無理だって」

「期限は残り1月か。厳しいね」

 頷きかけ、ふと僕は在るものを用意していたのを思い出した。

 これを持ってくるために昨日3時間くらい費やしたのだ。

「でもアメリカで似たような症例があったらしい。その少年は3週間で意識を取り戻して社会復帰。今度の学会誌で論文が発表されるそうだ。参考になることがあれば」

 花月朗が見つけた論文の簡単な紹介を、英語と日本語訳で。

 ちなみに日本語訳は僕がやった。特殊な単語が多くて苦労した。

 でもおばさんや先生に見せるだけじゃ無い。僕自身が内容を知りたかったのだ。

 結局長い割には肝心のことが書いていなくてもどかしい思いをしたのだけれど。

 僕はパソコンで打ったそれを糀谷さんに渡す。

 糀谷さんは英語をゲッという顔をして見て、それでも読み始める。

「うん、肝心の所が書いていない。でもこれでうたっている事が本当なら、参考になるはずだよね。それでこの論文、いつ出るの」

「今月半ば。でも念の為メールした。同じような症例があるので先行して論文を送って欲しいと。文面は知り合いのネイティブに近い人に書いて貰ったけれどさ」

 彼女は読み終わったらしく紙を元のように畳んで僕に渡した。

「でもよくこんな論文見つけたね。どうやったの」

「ネットで検索して」

 僕は受け取りつつ答える。

 流石に花月朗が探してくれたとは言えない。

「なるほど、手を尽くしている訳か」

 糀谷さんは。そう言って頷いてくれた。

 ちょっとだけ罪悪感。

 僕にはそこまでの能力は無い。

 そして糀谷さんはちょっと考える様な素振りをして、そして小さく頷いて僕の方を見る。

「よし、それでは私も少し協力してあげよう」

 何のことだろう。

「協力って、何を?」

「三崎君っていつも嫌そうにノート取っているでしょ。特に英語と現国と古文。そのくせ結構綺麗な字で矢印等も使って結構見やすく作っている。あれはおかしいなと前から思っていたの。

 あれは全部、小島さんの為だったんだね。遅れを取り戻すことが出来るように。

 そして語学系は多分早樹君の苦手分野。だからこそしっかりノートを取るし、わからなければ放課後に質問に行ったりする。そうしないと教えられる自信が無いから。違う?」

 うわっ、思ってもいなかった事を言われた。

「よく見ているな」

 僕はそう言うのが精一杯。

「私の机、三崎君の斜め後ろだからね。自然と目に入るの。

 さて、学級委員としての責務も含めてここかららが取引。

 語学系教科。つまり英語Ⅰと英語Ⅱ、現国、古文。この4つは私が責任もってノートを取ってあげる。もしわからない部分があればそれを教えるところまで。全部私が責任を持つ。ただし5月いっぱい限定で」

 何と、ある意味もう万歳三唱しながらお願いしたい位の話だ。

 でも彼女は取引と言った。

 という事は当然この先の話があるのだろう。

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