第25話 慣れないことをやり過ぎた日

「それで取引とは」

 糀谷さんに尋ねる。

「そうね。でもそれはちょっと場所を変えてから」

 糀谷さんはちらりと知佳やおばさんの方を見て、そう言った。

 おばさんの耳に入るのはあまりよくないという事だろう。

 了解だ。

 そんな訳で部屋を出る前に、知佳の様子を最終チェック。

 そう言っても相変わらずとしか言い様が無いのだが。

 糀谷さんもベッド反対側からのこ着込むように見る。

「それにしても、本当に単に寝ているだけって感じだね」

 糀谷さんが言うとおり僕もそう思うし感じる。

 だから今すぐにも起きてきそうな気になる。

「脳波は実際睡眠と変わりないそうだ。レム睡眠とノンレム睡眠もちゃんとある。気絶とか意識途絶とかと違って。だから実際いつ起きてきてもおかしくない筈なんだ」

 でも実際は目を覚まさないまま、もう1月が過ぎた。

 そして今も眠り続けたままだ。

 僕達はそれを確認。

「よし、行くか」

 おばさんを起こさないよう静かに部屋を出る。


「それで取引とは?」

 ナースステーションへ向かいながら糀谷さんに尋ねる。

「三崎君は昼休みにもVRアダプタつけているでしょ。あれを外して欲しいの。

 小島さんの為に短時間でも手がかりを、というのはわかるの。でもあれをつけていると何か他人を拒絶しているように見える」

 うっ、思っても見なかった方向の内容だ。

 確かに僕は学校でも昼休みはVRアダプタを使っている。

 知佳の手がかりを探すのに使っているのも事実だ。

 でも本音は昼休みのぼっち対策だったりもする。

 なにせ中学時代からクラス内で浮いていたのだ。

 他人と会話して時間を過ごすというのが上手く出来ない。

 知佳相手なら何とかなるのだが、他の人とは多分不可能だ。

 これは厳しい。

「VRアダプタ無しでのスマホ利用とかは取り敢えずありでいいわ。それは他の人もやっているから。VRアダプタがあるとどうしても話しかけにくいの。五感を全て向こうへ持って行ってますよという感じで。

 だからそれが交換条件」

 どうやらVRアダプタの件、本気らしい。

 弱ったなと思いつつ、僕は色々頭の中で計算する。

 知佳も糀谷さんのノートやサポートの方が僕よりわかりやすいだろう。

 僕も苦手かつ面倒なノート作成に時間を取られなくていい。

 やっぱりこの利点は大きい。

 それにそもそも、僕は女の子のお願い等を上手く断る技を持っていない。

 何せ知佳以外ぼっち属性だから。

 つまり実際の処、答は他に出しようがない訳だ。

 しょうがない。

「わかった。VRアダプタは昼休みには使用しない」

「ありがとう」

 そう言われて、そして僕はある事に気づいた。

「でもこの取引、糀谷さんには全くメリット無いよな。いいのか本当に」

「学級委員としてはメリットがあるから大丈夫です」

 そう言いきられてしまった。

 そして更に。

「あと連絡用にSNSのID交換、いい」

 ぼっちな僕にはダメージがくる台詞だ。

 僕のSNSにID入っているのは家族以外では知佳と学校連絡全般用だけ。

 慣れないことをやり過ぎて知恵熱が出そうだ。

 でも断る事でも無いだろう。

「わかった」

 一応平静な感じを装いつつスマホを取りだして。

 慣れた手つきを装ってお互いのIDを登録する。

 知佳ごめん、そう何となく謝りつつ。

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