第23話 糀谷さん、再び

 29日の日曜日は連休の中日。

 そして馬久協和総合病院の休日面会時間は午前10時から。

 だからちょっと知佳の処に顔を出してみることにした。

 というか、週末土日の片方はたいてい顔を出しているのだが。

 9時45分、自転車漕いで自宅を出る。

 勝手知ったる大通りの車道側をガンガン漕げば自宅から病院まで10分少々。

 途中のコンビニでお馴染みのプリンを買っても15分程度だ。

 そんな訳で10時ちょっと過ぎ。

 ナースステーションの受付名簿に到着。

 面会者名簿に名前を書いていると。

「おはよう」

 背後から声をかけられた。

 ぎょっとして振り向く。

 クラスメイトの糀谷さんだった。

「朝早くからお見舞いなんだ。昨日も来ていたの?」

 当たり前だが今日の糀谷さんは私服。

 まあポロシャツにスカートという簡単な格好だけれども。

 何か最近、知佳以外の同学年女子の私服姿を意識して見たことが無かった。

 だからちょっと眩しい感じ。

「いや、昨日は所用で別の処に出かけていた。それに土日連続で来るとおばさんが申し訳なさそうな感じになる。

 そちらこそ、朝からお見舞い、済まないな」

「済まない、なんてまるで身内みたいな言い方だね」

 ちょっとぎくっ、とする。

 確かに他人だとそう感じるかもしれない、そう思うから。

「そんな気は無いけれどさ。ただ僕は長い付き合いだけれども、糀谷さんは知佳と会話したこと無いだろ」

 言い訳しつつ話をずらす。

「ううん、話した事はあるよ」

 えっ?想定外の回答だ。

 糀谷さんは同じ馬久市居住だけれども、市の反対側の方に住んでいる筈。

 中学校も違うし交流があるとは思えない。

 知佳は部活もやっていなかったし。

「私は糀谷こうじや、彼女は小島こじま、五十音で名前が近いでしょ。だから試験の時は席が前後だった訳。

 さてその辺は後で、病室に向かいましょ」

 そんな訳で、何か糀谷さんに先導されるように病室へ。

 いつも通り奥のベッドはカーテンが半分閉まっている。

 そしておばさんは窓際の椅子でうたた寝をしていた。

「起こすと悪いから静かに」

 そう言って僕はカバンからプリンを取りだし、冷蔵庫の中の物と入れ替えた。

「何なの今の儀式は」

「知佳の好物。目が覚めたら食べたいだろうと思って」

「なるほどね」

 糀谷さんは頷いた。

「名前を自然に呼び捨てするとは、恋人枠のようなものなのかな」

 うっ、しまった。

 そう思ったけれど出てしまった言葉はしょうが無い。

 どう言い訳するか咄嗟に考える。

「恋人とかよりは戦友かな。こっちの中学は勉強する雰囲気じゃ無かったからさ。それ以外にもまあ、色々理不尽というか常識がおかしいところだったから」

 今僕が言った事も間違いでは無い。

 でも恋人として知佳を意識した事が全く無いかというと、そう言い切れないのが本音だ。

「小島さんは言っていたよ。みんなそうだと思うけれど、私もここで落ちる訳にはいかないんだって。色々約束をしてしまった友人がいるから絶対一緒にここに通うんだって。

 恋人?って聞いたら笑っていたよ。今はまだそうじゃないって」

 うわっ、何と気恥ずかしい事を言ってくれるんだ。

 僕はどんな表情をすればいいかわからなくなる。

 幸いおばさんは寝ているし、本人も起きてこない。

 でも恥ずかしくて糀谷さんの顔を見ることが出来ない。

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