第11話 知佳の病室
馬久協和総合病院前の面会時間は午後7時まで。
実際には午後6時30分頃から始まる夕食の邪魔になる前までだ。
でも知佳の面会時間は午後7時まで大丈夫。
あいつは意識が無いから食事はしない。
点滴等で栄養を取っている。
ナースステーションで面会の名簿に名前を書き、バッチを借りて中へ。
この辺は勝手知ったるという感じだ。
何せ4月以前は毎日通っていたし。
病室の扉は開いていた。
僕は入口で会釈して中に入る。
4人部屋の左側窓際。
眠り姫のカーテンはほぼ閉まっているが、足下付近だけ開いている。
そこから中年の見慣れた女性がこっちを見て頭を下げた。
知佳の母親だ。
一月前より少しやつれたかな、という感じ。
「どうですか、具合は」
いつもと同じように話しかける。
「意識の方は同じね。でも1時過ぎにちょっと瞼をピクピクさせました。起きるかな、と思ったけれど、後は変化は無かったわ」
「足の方はもう大分回復したんですよね」
「ええ」
彼女は小さく頷く。
「動かないのが幸いしたようで、骨ももうしっかりくっついたそうです。ただ筋肉が大分落ちているので最初のうちは歩くのが大変でしょう。そうお医者さんが言っていました」
そう、知佳が入院したのは交通事故で足を怪我したから。
でも今入院している主な理由は怪我では無い。
入院して5日後の朝、彼女は意識不明で発見された。
枕元には知佳愛用のノートパソコン。
頭部には接続したままのVRアダプタ。
接続先は不明で、かつ既に回線は切られていたそうだ。
事実としてはそれだけ。
以来知佳はずっと眠り続けている。
朝になっても目覚める事無く。
「今日の分を交換しておきます」
僕はカバンからコンビニの袋を出し、中からプリンを取り出す。
知佳の好きな銘柄、高級では無く安物の部類だが量だけは多い。
冷蔵庫にそれを入れて、代わりに先週入れたものを取り出す。
消費期限は10日だから妹が家で今日食べる分には大丈夫だ。
「毎回申し訳ありません」
「でもきっと目覚めたら『腹減った』と言うと思いますよ。知佳の事だから。で、この安物大型プリンが食べたいと。これは病院の売店では売っていないですから」
「そうですね」
「そうですよ、きっと」
一週間前とほぼ同じような会話。
ただ違ったのはこの後だった。
「失礼します」
部屋の入口でお辞儀をして2人組の女子生徒が入ってくる。
その顔を見て咄嗟に僕は姿を隠そうと思った。
だが4人用病室にそんな適当な場所は無い。
仕方なく彼女達とそのまま顔を合わせてしまう羽目になる。
この2人を僕は知っている。
高校の僕と同じクラス。
そして知佳とも同じクラスの2人だ。
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