アヤカの記憶

独白

 ケントさんは行ってしまった。

 責める気はなかったのに。ただ彼には、私を助ける義務があると思っただけ。それはそんなに悪いことだろうか。


 マリコちゃんを殺した時。

 教室で悲鳴を浴びせられた時。

 警察署で罵られた時。

 親に捨てられた時。

 病院で、医師に、看護師に冷たい目で見られた時。


 川越邸に来て、ぼんやりと見ていたテレビで「『悪魔の子事件』がその後の少年犯罪に与えた影響」について、ぬくぬくと暮らしている賢い人たちが話し合っている時。


 彼を恨まない日はなかった。

 そんな自分を責めない日はなかった。


 感化院から出て来たケントさんと出会って、彼こそ「その人」だと直感した時、いつか来る「その日」を信じた。


 自分を偽るあの人。自分を恐れるあの人。自分を責めるあの人。

 私に引け目を感じるあの人。私に惹かれるあの人。


 それでいて、結局何もしないあの人。

 全部全部、自分のために。


 憎かった。手に取るように分かるあの人のちっぽけさが憎らしくて、愛おしかった。


 あぁ、私はこんな人に促されて、あんなことをしたのか。

 こんな人のために、私は今、こんな目に遭っているのか。


 ノリコさんには、こんなこと一つだって言えない。あの人は良い人だから。

 ミツルさんの、ノガミ先生の、屋敷にいる男の人たちの良心を信じて疑わない。

 自分以外の女の人の、弱くて卑怯な知らんぷりを知らない。


 ケントさんが、どれほど弱くてつまらない人なのか知らない。それは私しか知らない。私にしか分からない。


 屋敷の男の人たちは私の一面を見て知った気になり、モノにした気になっている。


 私がどれほどいじましくて、身勝手で、打たれ強い人間か知っているのは、ケントさんだけ。

 それを知っていて暴かないのは、傷つけないのは、そうして自分を縛り続けなければならないのは、ケントさんだけ。


 なのに、どうして私が今見ている地獄を、全部打ち明けなければいけないの。

 どうしてあなたはそんなにまでなって、私のことばかり考えているのに、私のことを全部分かってくれなかったの……


 ……あぁ、そう、私が馬鹿だったのね。うふふ。

 言わなくたって分かってくれると期待した、あなたの馬鹿さ加減を分かった気になっていた、私が一番馬鹿だったのね。


 これは全部自業自得なのね。そもそも、私のやったことの責任を、この人たちは取らせているだけだものね。


 さよなら、ケントさん。さよなら……

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