ユミコの部屋

 朽木の扉を開く不気味な音。さっき聞いたばかりの音をもう一度聞くと、そこはユミコの瞳より少し淡い赤光しゃっこうに満ちた部屋だった。ユミコの姿が完全に見える。自分の姿もある程度見える。ケントは目眩を覚え、立ちくらみを起こした。


「ウフフ、眩しいわよね。ごめんなさい……ここは私の部屋よ」


 ユミコの部屋は、彼女の身につけたものと同様にほとんど赤と黒だけで構成されていた。

 机と壁、ハンガーラックは黒。ベッドと本棚、箪笥は赤。部屋の全容を照らすのは薄赤いランプの光。


 ユミコは黒いハンガーラックにワインレッドのクローシェと黒いコートを引っ掛けると、握ったままのケントの手を引き寄せ、赤いベッドに放り投げた。

 ただでさえ立ちくらみのために朦朧としていた脳が強烈に揺さぶられ、どさり、とベッドに身を沈めると同時に揺らぎが止まる。

 歪む視界に映った夜空に似た黒い天井を、ユミコの白面の美貌がすぐさま覆う。いつか見て、直後に叩き潰した母の顔がフラッシュバックする。


 ユミコの瞳は赤光を収め、柔らかく細まる。真っ赤な唇に妖艶な微笑を浮かべ、微かに震えるケントの薄い唇を奪った。


 ローズの香りが鼻を突き抜け脳内に染み渡り、渦を巻いて吐き気さえ催していたケントの意識が真っ赤に染まり、忌々しい自我が遠のく。痺れるような快感がつま先まで駆け抜ける。


「アナタ、童貞ドーテーでしょ」


 そんな言葉が虚しく耳に響く。ケントは無言のまま、こくりと頷いた。


「貰ってもいい?」


 赤光の消え失せたユミコの瞳には、なぜだか先程までの魔力は感じない。漆黒のアイメイクの下には生来の細い目があるだけ。その下には濃いクマが若干浮いている。

 少しやさぐれた美女にしか見えない。


 アヤカ。

 今になって、自分が背を向けて置き去りにした彼女への想いが蘇った。蘇ったがもう遅い。「今さら何だ」とケントは、カラッポになった己を省みて脳裏によぎったを振り切った。


 結局この女は何なのか、という疑問には依然として答えを得られないが、それは暫く置いておくことにした。

 一先ずこの女は、ユミコ。ここはユミコの部屋で、ユミコのベッド。「それでいいか」と思った。


 ケントはまた、無言で頷いた。

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