終着駅
ユミコのベッドの上で、ケントは裸になっていた。痩せこけた体のそこかしこに女の赤いルージュが付着し、真っ赤な唇に嬲られた脳を犯すような感触が全身に蘇る。
全身が妙に気だるく、じっとりとかいた嫌な汗からは
ケントは横座りにベッドに腰掛けるユミコの腿に、すっかり軽くなった頭を預け寝そべる。ユミコに髪を撫でられ、くすぐったくて少し身をよじった。何となしに、その手に己の手を伸ばして重ね、初めて彼女に声をかけた。
「あんた、何なの?」
見下ろすユミコの視線と、見上げるケントの視線が重なる。彼女の瞳にまた赤光が灯る。それだけで、ケントの真意は完全に見抜かれてしまったようだ。
「本当はどうでもいいんでしょう? そんなことは」
その通りだ。どうでもいい。どうでもいいから、簡単に身を委ねた。重要なことは、彼女が人間ではないこと。そして己の全てを見た上で、この部屋に招き抱かれて、いや抱いてくれたこと。ケントはこれまでにないほど自分を情けなく思い、同時にこれまでにないほどの安堵に包まれた。
「まだ夜は開けてないわ。外に出て風を浴びましょう」
ユミコはそう言うとケントの身を支えて立ち上がり、重ねた手を引いてベッドから起き上がらせた。
朽木の扉を開くと、再び先程の廃屋に出た。この部屋で過ごした時間はたった一瞬だったようで結構な時間が過ぎていたらしく、今度は割にハッキリとその全容が窺えた。
ギッ、ギッ、と、踏み締める音は変わらないが、明瞭な意識の中で登る仄暗い階段は先程とは全く違った物に見えた。
ユミコに手を引かれながらも、ケントはまざまざと自分の意志で「登っている」ことを認識する。処刑台に立つ死刑囚というのは、大体こんな気分なのだろうか。
階段を登り切り、もう一度開かれた朽木の扉の外はまだ薄暗い。明け方の見知らぬ空に、吹き抜ける侘しい風に、ケントは何故だか眼前に突きつけられた死を感じていた。
抵抗する気は全く起きない。感化院に入って暫くして叩き壊されたと思っていた自我は、果たしてその前から存在していたのかと思う。
両親を、同級生を、担任教諭を殺めたのは果たして己の意思か。産まれてから今日に至るまで、ずっと自分は何かに突き動かされて死に向かっていただけなのではないかと思う。
ユミコに手を引かれるままに、見知らぬ荒地を進む。覚束ない足取りでそれに従いながら、空から視線を下ろして足元へやる。
ケントは確信を得た。至羅浜……
あぁ、そうか。
ここが俺の終着駅だったのか。
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