穴の神様

定食亭定吉

1

 悟は穴に落ちていくような日々だった。両親とは初めて言い合いになり、遅い反抗期がくるように実家を出た。上部の友達ばかりに気付かされ、頼み込んでも断られる居候。漫画喫茶が居住地となった。

(平和島駅)

 勤労意欲もわかずにいた悟。行き当たりばったりな時を過ごした。

 弾き語りの若い男子、秀が平和島駅前の狭いデッキで唄っていた。

「あいよ。トントン」

彼の前で合掌する五十代ぐらいの男。競艇新聞を片手に、投げ銭箱に一円を募金。

「ありがとうございます!今日も穴ですねー」

この男の影響で競艇に詳しくなる秀。

「おー、必ずしも穴に100円かけているぜ」

この男は秀には優しかった。

「あのおっちゃんと仲良いいの?」

悟は彼に聞く。

「僕が唄っていたら、投げ銭してくれて、それが穴で当たったらしいです」

「悪い人でないと思うが、しつこそうだから気をつけた方がいいよ」

悟なりに気遣いをして秀に助言した。

「わかりました」

何か天候が怪しくなってきた。

「何か雨になりそうだぜ」

雲の様子を伺う悟。

「これ、ヤバイですねー。洗濯物を取り込まないと。ありがとうございました。すいませんが帰らせてもらいます」

足早に退散する秀。初めてまともに他人へ関心を持った悟。

 何をする事なくマンキツに戻ることにした。変な誘惑に負けぬように真っ直ぐに戻る。

(翌日)

 平日、日中というのに秀は駅前のデッキで唄っていた。悟も、ふらりと駅前を通った。

「あっ、今日も唄っているの?バイトした方が金いいでしょう?」

余計な事を口走る悟。

「まあ、目先の利益を見ればそうですが、長い目で見れば意味はあるかと」

「それが意味ある時が来るだろうか?」

つい皮肉を言う悟。

「そうですね。ちょっと用事があるので帰宅します」

退散した秀。その姿を見て、罪悪感を感じる悟。

「おい!」

昨日、秀に投げ銭した男が悟に噛みつく。

「どうも」

「何か、あの兄ちゃんに言ったのか?」

ちょうど、そのシーンを見られていた。

「はい。つい、皮肉を言ってしまい」

「あいつの商売にケチを付ければ怒るのも当然さ」 

「そうですね」

「まあ、あいつは根に持つ奴ではないが」

つい最近の顔見知り程度だが、話を盛った男。

 十分ぐらいして秀は戻って来た。

「あのー、差し入れです!懸賞でポテトチップスが当選しまして」

筒状のポテトチップスを三個、悟にプレゼントする秀。

「本当?ありがとう!」

珍しく笑った悟。金欠になり、あまり食事を出来ていない。

「今日も穴が当たるようにだな」

「はい!きっと1-4がきますよ!」

適当な予想を言う秀。

「そうか。百円買いと、当たれば恩返しするよ!」

「期待していますよ!」

二人の会話を聞きながら、言葉の詰まる思いをしていた悟。

「ごめん、さっきは嫌味を言って」

何とか謝罪した悟。

「いやー、別に鍵を閉め忘れたので」

「本当?」

どこまでも彼をいい人と思った悟。他人に対する深い穴は埋まった時だった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

穴の神様 定食亭定吉 @TeisyokuteiSadakichi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ