第五章 桜色の幸せ

「正俊様」

「どうした?」

「あの…実は赤ちゃんができました」

「そうか。何ヶ月なんだ?」

「5ヶ月です」

嬉しそうに、正俊は楓を抱きしめた。

「あの…正俊様?」

楓は顔を赤くしたまま、そっと自分の手を正俊の体に置いた。

「ありがとう、俺のために」 

一年が経ち、正俊は無事生殖機能が回復した。

「楓も苦労をしたな。ご苦労だった」

「いえ、そんなことありません」

実際、治療を受けるだけで大変だった。だけど、それでも自分の傍にいてくれた楓には、言葉では言い表せない感謝がたくさんある。

本当は楓の父のほうに他の人とトラブルがあり、その借金を返すために、楓自身が正俊に嫁いだのだ。それでも、愛してくれる人であって、自分のことを大切にしてくれることに楓は嬉しかった。

「正俊様、私…幸せ者だと思います。自分のことを愛してくれる人と結婚して、彼との子供が恵まれて、家庭を築きあげられて、すごく嬉しいです」 

「俺もだ。楓と出会えて本当に良かったと思っている」

正俊は楓と手を繋いだ。

「正俊様、ありがとうございます」

「いきなり、どうした?」

「幸せにさせてくれて、ありがとうございます」

「俺もだ。ありがとうな」

楓の瞳を見つめながら、正俊はそっとキスをした。

(これまで苦労した分を全て、お前の幸せに変えるよ)

「楓…少し寄りたい所があるんだ」

「はい、分かりました」


「わあ、きれい!」

二人が向かった場所は、大通りに咲く数々の桜の木だった。

たくさんの桜の花びらが風に乗って、風景の一部となる。

「お前をここにいつか、連れてきて見たかったんだ」

「え?」

それはどういう意味だろう?少し驚いた顔で問う。

「この景色をいつか愛する人と見てみたいと思ってる」

ドキッと心が弾んだ。今「愛する人」と言った気がする。ううん、間違ってない。すごく嬉しいことだ。こんなにも素敵な人に出会えて、これより嬉しいことはない。


楓は心から嬉しく微笑んだ。


「正俊様」

「これ、欲しかった物だろ?」

正俊が小さな袋から取り出したのは、透明の箱に白色のリボンが結ばれている数々の桜に真珠が飾られてあるあの簪だった。


「わざわざ買ってくれたんですか?」

「ああ…そうだ。あの時欲しがってた様で、翌朝仕事へ向かう途中に、その店舗まで行って買ったんだ」


こんなに朝早く出かけたのはそのためだったなんて。

こんなにも優しい人だなんて。涙が今すぐにでも溢れだしそうな気がした。


「楓…これからもよろしくな」

「こちらこそ、よろしくお願いします」



楓と正俊は目の前の桜の木を見ながら、お互いの肩を寄り添った。


これからの幸せを願いながら…。


~終わり~

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

彼と彼女 ドーナツパンダ @donatupanda

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ