第三章 それぞれの思い

あれっきり言葉を交わさない日々が続き、二人の間に小さなひびが入った。

「正俊様、今日は楓様とはお出かけにならないのですか?」

「ああ…楓にはすまないと伝えておくれ」

「かしこまりました」

葵はペコリと深くお辞儀をし、正俊が仕事へ行くのを見送った。

「楓様。本当にいいんですか?」

「ええ、そうよ。正俊様はお忙しいですもの」

本当はそう思ってない。あれっきり言葉を交わさない日々が続き、楓はの心に浅く傷が刻まれた。

(正俊様は私のことどう思っているのかしら?)

「どうしてなの?」

「楓様…」

少し悲しい雰囲気が漂っている寂しい昼を過ごした。


夜になると、正俊と楓は食卓で食事をした。

「楓、今日はすまなかった。急な仕事があって、早めに出かけなければならなかったんだ」

少し深刻そうに正俊は今朝のことを楓に伝えた。

「いえ、そんなことありません。謝らないで下さい。私はそれを承知したうえで、留守番をしていましたから」

「そうか。本当に不安なら、俺が一日でも傍にいてあげようか?」

「え?」

楓は正俊のその言葉が嬉しかった。

「大丈夫です。それに正俊様はお仕事がありますし」

楓は自分の本音を伝えてみると、正俊は少しホッとした顔で楓を見た。

「そうだな。でも、本当に寂しかったら言えよ?」

「はい、分かりました」

楓は安心しながら、正俊の言葉を受け止めた。

(優しくて、可愛らしいお前を傷つけるわけにはいかない。お前は俺の妻だからな

心の中でそう思いながら、正俊はそっと楓の手を握りしめた。

(正俊様は本当に心優しい方だわ。そんな正俊様のお力になりたい)


「すまないが、しばらく別室で寝てくれ」

「え?どうしてですか?」

「それは言えない」

「一体どういうことなんですか?」

「とにかく、すまない」

謝った後、正俊はドアを閉めた。

(楓…これでもお前のためだ。悪く思わないでくれ)

正俊は皺を寄せて、その場でしゃがみ込んだ。


(どうしてなの?正俊様は何か嫌な思いでもしたの?)

楓はその過程を見ることできず、正俊の隣の部屋を寂しく静かに入った。

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