第6話
ミカは、未だかつて経験したことがない感情に襲われていた。
ミカにはそれがどんな意味を持つのか、どんな感情なのか理解出来なかった。知らなかったからだ。
ただ、満足した。
眠っているリイラは温かく、良い匂いがした。
自分の城へ連れて帰ることに決め、どこからともなく真っ黒いシーツのようなシルクの布を取り出す。その布でリイラをくるみ、自身の身だしなみも整えて家を出ようとする。
ふと、位牌を模した石が目についたので触る。ミカは魔力で、この石に込められたリイラのおじいさんに対する想いを悟る。
自分の知らないリイラが、自分以外に想いを寄せる。
なんとなく、おもしろくなかった。
だから、家を出た後で家ごと位牌を燃やした。
こうしてリイラの森の家はなくなった。
ミカはリイラを一番豪華な客室へ連れていき、ベッドへ横たえた。
血の気がなく、顔色が悪い。
自分の執務室へ戻り、一緒に世界を治めた内の一人であるアイリスを呼ぶ。
「お帰りなさいませ、陛下。」
「…ああ。一番広い客室にいる者の世話をするように。」
「お世話…ですか?その方は、どのような方でいらっしゃいますか?」
「…さあな。」
「…?分かりました。」
魔王に対して了承したものの、アイリスは腑に落ちなかった。
数百年魔王と一緒にいたが、詳しい説明もなく何者かの世話を頼まれたことなんてなかったからだ。
しかし、魔王たっての要望だ。反論なんて赦される筈もなく、余計なことを言えばこの城にいられなくなるか、下手をすると殺されるだろう。魔王はそういう存在だった。
それに、アイリスは魔王が好きだった。さすがに数百年一緒にいれば、一度くらい顔を見る機会もあった。顔を見る前から好意的に思っていたが、顔を見て改めて恋に落ちた。
だから、魔王によく思われたい、役に立って側にいたい、願わくば好きになってもらいたいという気持ちもあった。
魔王の執務室を出てすぐに、指示された客室へ向かう。
なぜ共に政治を司るアイリスに世話を頼むのか。それはミカ一人で世界を治めることが可能であることと、この城にはミカと400年前から一緒にいる二人しかいないことが原因である。
一般に城にはメイドや門番、コックなど様々な者が仕えるが、ミカは基本的に他者との関わりを嫌う。それに、そういったことはミカの魔法で対応可能であり、必要なかった。
コンコン、コンコン
アイリスは客室をノックするが、いくら待っても反応がない。
「失礼します。」
声をかけ、入室する。やはり反応がない。
「?」
アイリスも、魔王程ではないが魔力は高い。
ベッドに人の気配を感じ、近付いていく。
そこに、信じられないくらい清い気を持つ、銀髪の天使が黒い布に包まれていた。
天使ではない、この魔界に天使なんて存在する訳がない。アイリスは自分に言い聞かせる。
ベッドにいたのは、まるで天使のような女の子だった。
顔色が悪く、元気とは言い難い状態であることは直ぐに分かった。
身だしなみを整えようと、黒い布を剥がす。
「!」
女の子は裸だった。
しかしアイリスが驚いたのはそこではなく、全身におびただしいまでの数え切れないアザ、つまりキスマークがあったこと。それに、体液で汚れた状態であったこと。
そしてこれは推測だが、女の子が黒い布にくるまれていたことから──おそらくこの女の子がこんな状態になっているのは、魔王のせいであることに最も驚いた。
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