第5話

リイラが台所──といっても玄関から5歩くらいのところであるが──に立ち、棚から茶葉を取り出そうと手を上げたところで、腕を捕まれる。


え?と思った時には、音もなく後ろに立っていたミカに口付けられていた。


「…んんーっ!」


必死に抵抗するも頭はしっかり固定されており、微動だにできない。

抗議しようと口を開いたところで、ミカの舌がねじ込まれる。


ガリッ

「!」


ミカの舌に思いっきり噛みつき、唇から解放された。


「何するんですかっ!…あ、ごめんなさい、大丈夫です…か…?」


ミカは、フードを被っていなかった。

絹のような艶のある黒髪。どんな彫刻よりも完璧な美しさを持つ顔の造形。赤い眼は少し驚いたように、しかし爛々とリイラを見つめていた。

リイラはミカの顔立ちよりもキスされたことに動揺し、勢いよく抗議したところで、ミカの薄く形の良い唇から血が流れたことに気付いて思わず謝罪した。

ミカも出血に気付き、ペロッと唇を舐めた。その姿は妖艶で、どこか愉しそうでもあった。

悪びれる様子も傷付いた様子もなく、至近距離でミカに見つめられる。


ミカの目は赤く、こんなに綺麗な赤は見たことがないなと思った。

なんとなく目を合わせちゃいけないと意識の片隅でぼんやり思うが、どうしても目をそらすことは出来なかった。

どんどん頭がぼんやりしてきて、身体が熱くなってくる。


──赤い目、赤い、あか…あつい暑い暑い!


ミカはリイラに幻術をかけた。

それは、いわゆる媚薬を摂取した時の効果によく似たものだった。

ミカに再び口付けられる。

リイラにはもうほとんどまともな思考能力は残されておらず、無抵抗だ。

そのまま机に組み敷かれ、生まれた時の状態にされる。


そこからのリイラの記憶は曖昧だ。

断片的に覚えていることと言えば、苦しくて痛くて、止めて欲しいと声が枯れるほど訴えたが聞き入れられなかったこと、訳も分からなくなるほどの快感が止まらずやはり苦しかったこと、ミカの目が赤かったこと、首筋を咬まれとてつもない幸福感が押し寄せたこと、意識があってもなくてもミカがやめてくれなかったこと。

泣いて泣いて、疲れはてて眠った。


──あまい。


ミカはミカで、リイラに噛まれてどうしようもなくリイラが欲しくなってしまった。

誰かに反抗されたことなんてなかったから、狩猟本能を刺激された。

自分でも無意識に強い幻術をかけ、本能の赴くまま、欲望に忠実に従った。


──気持ちがいい。


この行為はこんなに気持ちがいいものだったのか。初めて心から気持ちいいと思った。

リイラが泣いて嫌がる様子も、自分の行為による反応だと思うと可愛くてたまらない。気分がいい。リイラの悲鳴はなんて可愛いのだろう。もっとなかせたい。

幻術をかけてなお抵抗するリイラに、抵抗されればされる程ますます興奮した。

リイラはなんて丁度いい甘さなんだろう。涙でさえもこんなに美味しい。

首筋に牙をたてる。


──ああ、美味しい!


血液を夢中で啜る。

このまま全部飲んで、食べてしまおうか。

でもそうしたら、2度とリイラの声が聴けなくなる。それはおもしろくない。

これ以上血液がなくなると動かなくなるか?

いやもう少し味わいたい。


ミカがリイラをようやく手放したのは、家に招待されてから丸三日後のことだった。


ミカは家に上がってからすぐに結界をはっていたから訪問者はいなかったし、いたとしても状況は変わらなかっただろう。

激しい行為により木製の机は壊れ、藁と麻布の簡素なベッドで大半の時間を過ごしていた。

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